※「新・公民連携最前線」2015年11月9日付の記事より

「MBT(Medicine Based Town)」と呼ぶ、医学を基礎とするまちづくりを提唱している奈良県立医科大学 理事長 学長の細井裕司氏。「少子高齢化社会を解決するモデルの構築」と「新しい産業の創出」をキーワードに、同医科大学を中心とした新しいまちづくりを進めている。

奈良県立医科大学の細井氏(写真:山本尚侍)
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奈良県立医科大学の細井氏(写真:山本尚侍)

――医学を基礎とするまちづくり「MBT」とは、どのようなものなのでしょうか。

 まちづくり自体に医学の発想を持ち込もうというコンセプトです。まず、MBTというコンセプトの背景には、私が「MBE(Medicine-Based Engineering)」と名付けた“医学を基礎とする工学”の考え方があることを知ってもらう必要があります。

 MBEの着想は11年前にさかのぼります。私は当時、耳鼻咽喉科の教授でした。その際に、ある種の圧電振動子を耳軟骨部に当てることで音が内耳に伝達される“第3の聴覚”を発見したのです。気導(空気伝導)による音の伝達、骨導(骨伝導)による音の伝達に続く、新たな音の伝達経路であり、「軟骨伝導」と名付けました。

 医学に携わる立場として、この発見を補聴器などの医療機器に生かすのはもちろんなのですが、イヤホンや携帯電話機などの一般製品にも応用できないかと考えました。その際に、こんな違和感を感じたのです。例えば、音響メーカーの方が開発中のヘッドホンを携えて意見を求めにくるのですが、音が伝わる医学的なメカニズムを理解していない人が多い。つまり、人が使う製品を作っているのに、人体の構造や医学的な知見を持たずに製品開発をしていることに対しての違和感です。

 医学を工学に持ち込むべきという、MBEの発想はここから生まれました。工学で新たな医療を実現する、いわゆる「医用工学(Medical Engineering)」の概念はあちらこちらにありますが、MBEはその真逆なのです。

 同時に、私が「住居医学」と名付けた概念も、MBTの重要な背景の一つです。住居医学は、手術や投薬によるアプローチだけではなく、人が最も長く付き合う住環境を医学的な観点から研究しようとするものです。2006年に大和ハウス工業の協力下、奈良県立医科大学内に「住居医学講座」という寄付講座を設立しました。

 このMBEと住居医学の考え方をさらに発展させ、まちづくり自体にも医学の考え方を持ち込むべき、という考えがMBTなのです(※)。

MBTのイメージ(資料:奈良県立医科大学)
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MBTのイメージ(資料:奈良県立医科大学)

――奈良県立医科大学を中心に、MBTの実践を進めると聞いています。具体的にはどのようなものでしょうか。

 私がMBTという考え方によって実践したいのは、「少子高齢化社会を解決するモデルの構築」と「新しい産業の創出」です。

 まず、前者の「少子高齢化社会を解決するモデルの構築」については、奈良県立医科大学と併設する附属病院の機能を最大限に生かして“新しいコンセプトのまち”を作る考えです。

※ MBTは奈良県立医科大学と早稲田大学 建築学科(後藤春彦教授)が共同研究している。