橋本: それはやっていて、米国ではそこから新しい薬をつくる動きもある。日本の会社もやろうとしているところはありますが、先ほどの医療行為への抵触や個人情報保護の問題があるので突っ込みきれていません。

戸川: 信憑性はどうなのですか。糖尿病になりやすいですと言われても、本当なのかどうか。

橋本: それはどの論文のどのデータを使うかによります。論文というのは、ある研究者がこういう仮説でこういうことをしたらこういう結果が出た、と報告されているという意味です。検証まではされていない。ある医療サービス会社が根拠としている論文と、別のサービス会社が使っている論文が異なると、同じデータを分析しても結果が異なることがあります。

狩集: 植物工場みたいですね。光の当て方をどうするかで植物の生育に差が出ると言われていますが、論文によって違う。

橋本: そうなのですね、波長によって何か違ってくるとか。

狩集: とにかくパラメーターが沢山あります。それはどっちがいい、これはどう、と色々検証しているわけですが、本当にそのパラメーターだけの影響でそうなったかどうか、まだ分からない中でやっている。その点はゲノムによる診断サービスなどと一緒でしょうね。

戸川: 最近思っているのは、理屈とそれを検証できる何かをそろえて、しっかり設計してかっちりやりましょう、というやり方だと、テクノロジーやデータの活用は進まないのではないか、ということです。

 AIが使える、データベースの高速処理もできます、それは結構だ、でも出口はどこなんだ、技術をどういうところに生かして、何をしたいのかというのを決めようじゃないか。こういう意見があり正論だと思いますが、色々な影響を全部想像して、仕様を先に果たして決められるのか。ほかの産業にどう貢献するのか、そこまでシナリオを描けるような神様はいないわけで。

 目的はこう、だからこの仮説でちょっとやってみる、出てきた結果を見て、あれ、むしろこちらに使えそうなのではないか、それでは軌道修正しよう。こういうアプローチでないと何も始められないのではないでしょうか。

技術は道具、使い方次第

寺山: もう1つの課題、どこまでテクノロジーを使っていいのか、に移りましょう。題材としてはやはりゲノム編集ですか。

橋本: ゲノム編集とは要するに遺伝子組み換えを正確かつ簡単にできるようにする技術です。この技術から、環境中のある生物種の遺伝子をごっそり変えてしまう技術まで出てきた。種の根絶みたいなことがやりようによってはできてしまう。倫理とか生物の多様性とか、そこに関わるところまで進み始めている技術をどうやってコントロールしていくのか。

 このように課題は重いのですが、遺伝子組み換え技術と聞いたとたん、一切駄目だと拒否する人がいらっしゃいます。ぜひご理解いただきたいのは、どのような技術であっても、それは道具であり、使い方次第ということです。道具それ自体と善悪は別の話ということです。道具としてよく見て、それをいい方向に使いましょう。悪用すれば危険なことが起きるかもしれないのでそれは禁止しましょう。

 技術は一切認めないとなってしまうと、技術自体が進歩しなくなって、もしかしたらこの先にもっといいことができたはずなのに、そこまで行けなくなるかもしれない。

 やはり目的だと思います。遺伝子組み換え食品の例でいうと、栄養状態が悪い国のためにビタミンを増やした米があります。これも否定するのかどうか。

 人に対しての話ですと、精子や卵子の遺伝子を変えることはやってはいけないということで研究者の合意はできている。ただし、世界の潮流は基礎研究まではいいとなっています。

戸川: 人の胚の遺伝子を組み換えるわけですか。

橋本: あくまでも研究室の研究の範囲です。その胚を育てて人にすることはできません。ただ、ここからセンシティブな話になりますが、とても深刻な遺伝病をお持ちの方が、自分たちの胚にゲノム編集をして、ある特定の遺伝子変異を正常に戻せるなら、そうして欲しいと仰るかもしれません。実際、そうした切実な声が出てきています。だからどんどん進めよう、と言うつもりはありません。今何ができて何を禁じているのか、こういう意見も出てきている。といったことを多くの人が話し合う、まずはそこからでしょう。

野中: 技術的に何ができるかできないか、現状どういうルールになっているか。倫理としてどうか、倫理的に正しくても人の感覚、感情としてどうか。あるいはビジネスとしてみたらできるか、色々な軸がありますね。それぞれ分けて考えないといけないでしょう。

橋本: そこですね。一般の方々、企業人、科学者、技術者、あるい文系の識者も交えながら対話をして、ここはこうだからこうです、みたいなところから情報を共有していく必要があります。人によって状況が違いますから、安易に決められないところがあるのだけれども、そこは議論しながらコンセンサスをつくっていくということをしていかないと。

 今後大きく羽ばたくであろう技術、実用化が間近に迫る先端技術など、コンピュータ・ネットワーク、医療、建設ほか各技術分野の専門誌記者総勢200人が「世界を変える技術」「2017年に注目を集める技術」を挙げ、そこから選んだ100の技術について、専門誌編集長30人を中心とする執筆チームが専門用語をなるべく使わずに解説を執筆。FinTech、自動運転、ICT、AI、再生医療、介助ロボット……。仕事を、日常生活を、交通や住まいを、医療と介護を、産業を変える技術とその未来を知るための1冊となっている。

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