――IT業界に長く身を置いてきた宇陀さんが、医療の世界に足を踏み入れるきっかけは何だったのですか。

 2~3年前のことですが、ある方に武藤真祐先生を紹介されてお会いしました。医療へのIT活用に関してお困りのことがあって、私に声が掛かったようです。その時、日本の医療が抱える課題についてお話を伺いました。高齢化がどんどん進み、医療費は膨れ上がり、在宅へのシフトに伴って医療機関の収入は減っていくと。驚いたのは、そういう国家レベルの問題を論じながら、それをまだ若い医師であるご本人が何とかしたいという意志をお持ちだったことです。

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 武藤先生は東大医学部を出て、30代の若さで宮内庁の侍医を務められた。そのまま臨床の世界にとどまっていれば、医療界のヒエラルキーを登り詰める資格をお持ちの方です。ところがそうしたこだわりを感じさせず、常に新しいことに挑んでいる。すごい人だと思いました。

 私はITに35年携わってきて、IT産業の歴史をざっと60年とすれば、その半分以上に関わってきたことになります。その間の問題意識は一貫して、ITを社会問題の解決にどうつなげるかでした。武藤先生の専門領域について何かを言える立場にはないですが、ビジネスやITのことなら私にも分かる。社会の大きな問題に挑みたいという思いも共通していたので、一緒に何かやれると思ったんです。

 それで、武藤先生が日本やシンガポールで取り組もうとしていた在宅医療や遠隔診療、そこに向けたITシステムに関する手伝いを始めました。これが始まりです。

 在宅医療や遠隔診療の診療報酬はどうあるべきかといった点でも、行政への提言などに共に取り組んできました。ここ2年ほど力を入れてきたのですが、ご存じのように今、(遠隔診療に対する診療報酬上の評価などについて)大きな流れが生まれているわけです。

 遠隔診療は、一患者の視点から見てもすごく有用な仕組みだと思います。病院で1時間待たされて、診察は5分。そんな経験をすると、定期的な健康チェックや継続処方にはネットを使ってもいいのではないかという気持ちが当然湧いてきます。離れている医師と患者のつながりを強化することで、メンタルケアなどにも役に立つかもしれない。医師にとっては患者のトレーサビリティーが高まり、何かのときにいち早く手を打てる可能性があります。

――武藤先生の取り組みの支援にとどまらず、「医療者の働き方」に着目したヘルスケアベンチャーを宇陀さん自ら立ち上げました。

 NHKの朝のニュースを見ていたら、離職した看護師が日本には70万人いて、その数はこれからますます増えると報じていたんです。看護師の新しい成り手は年間5万人ほどで、一方で毎年15万人が辞めていくと。そんな状況なのかと驚いたんですよ。

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 これから在宅医療や遠隔診療が普及していくと、訪問看護の仕組みが重要になります。これらの診療形態を支える存在として、看護師の重要性が高まる。ですから看護人材の不足はすごく深刻な問題なんです。

 いったん離職したけれども、看護師としてのスキルを改めて磨こうと考えたり、看護職への情熱は失っていなかったりという潜在看護師は少なくありません。そうした人材を再び看護の現場にマッチングする仕組みにはニーズがある。そう考えて新会社を立ち上げ、始動させたのが「なでしこナース」です。

 なでしこナースの基礎にあるマッチングやシェアリングエコノミーという考え方は今、あらゆる産業のキーワードになっています。どの業界も人材不足に悩んでいる。この問題に対する処方箋として、私は「高齢者」の定義を改めるべきだと10年以上前から提言してきました。シニア世代にもっと活躍の場を与えるべきで、そのためには65才以上という何十年も前からの高齢者の定義は改めた方がいい。例えば75歳以上に引き上げるのも一案ではないでしょうか。

 医療の人材不足は特に深刻です。医師などの働きぶりを見ていると、日本の医療者はこのままではバーンアウトしてしまうと心配になりますよ。医療の今のあり方は、医療者個々人の努力に依存しすぎているんです。私自身も医師や看護師という存在に感謝する場面は多いですが、彼らはその忙しさや努力の割には十分に報われていない。この状況を変えなければ、医療にはいい人材が集まらなくなるでしょう。