──実際に救急車に乗り込まれて、どのような課題が明らかになりましたか。
救急現場は一刻を争う切迫した状況にあります。乗せてください、と頼んで受け入れられるようなものではありませんでした。「机の上で仕事をする“役人”が何を言っているんだ」と何度も突き返されました。ようやく救急車に足を踏み入れられた頃には1カ月が経っていました。「なんとか受け入れてもらえませんか」「もう30分も決まらないんです」。救急車の中で目の当たりにしたのは、そんな光景でした。正直に言うと、私自身が机の上で新聞や資料を読んでいた際は、現場の人間が悪いのではないかとどこかで思っていた節がありました。しかし救急車の中には、助けを求めている患者を目の前にして必死に病院を探す救急隊員の姿が確かにあったのです。
2010年当時の救急車には消防用の無線と携帯電話しか連絡手段がありませんでした。ホテルや航空券の空き状況の確認や予約はインターネットで行えたのにも関わらず、救急車の中だけ昭和時代のままだったのです。
印象に残っているのは、電話を掛けたときの、「その症状だったら、うちは今日専門の医師が当直にいないんだよね」という断り文句。それは事前にわかることではないかと思ったのです。このときは救急車に乗っただけだったので、受け入れない医療機関側に問題があると思っていました。
そこで、大学病院にお願いをして一晩密着させてもらいました。すると、またも予想に反した状況を目の当たりにしたのです。いつ電話がかかってくるのかわからない中、1件受け入れては続々と電話がかかってくる切迫した状況がそこにはありました。地域内で救急患者が何件発生し、どの病院が何件受け入れているかわからない状況で、医師が疑心暗鬼になっている印象を受けました。
そこで思いついたのが“可視化”でした。地域内で何件救急患者が発生して、どの病院が何件受け入れているのかが見えるようになれば、何か変わるかもしれないと思ったのです。救急隊員も医師も情報がない中で目先のことを一生懸命やっている。しかし、それでは視野が狭くなり、お互いが悪いと思ってしまいます。
ここで重要なのは、救急現場で情報を共有したいというゴールを先に描いたことだと思います。タブレット端末を活用したいという思いが先行したわけではありません。なぜ救急車の中では電話しか連絡手段がないのだろうという素朴な疑問を一つひとつ紐解いた結果、辿り着いたのがたまたまタブレット端末だったのです。医療領域に関して素人だったことが幸いしたとも言えるでしょう。