のんびりやっていては、超高齢社会に間に合わない

(写真:森田直希)
(写真:森田直希)
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――3年間で3大都市圏に30カ所は非常にハイペースに見えます。

 私はソーシャルアントレプレナー養成のための「岩尾塾」という私塾を開講しており、ここに来ている若くてやる気に満ちた理学療法士や看護師をいずれ独立させたいと考えています。明確に3年間で独立する意思を持った若者だけを集めて起業させるのです。

 1つの事業体の人数は多くても25人程度になるでしょう。30人を超えると中間管理職が必要になり、社長の目が届きにくくなる。理想はモチベーションのある社長が、すべてに目を光らせて言いたいことを言い合える組織です。それでこそセルフガバナンスが可能となり、患者やスタッフの顔がきちんと見えることに直結するからです。

――とても意欲的な取り組みですが、そこまで駆り立てられる動機は何でしょうか。

 これまでのようにのんびりと教育機関をつくっていたのでは、来るべき超高齢社会に間に合わなくなる――。そんな危機感があるからです。日本では人口当たりの看護師数は欧米と比較しても少なくありませんが、訪問看護ステーションの数は非常に少ない。しかも糖尿病、がんの緩和ケアといった今後必要とされる専門看護師はわずか1%ほどしか存在しません。退院後の高齢者に対するサービスプロバイダーがいなければ、いくら国が急いで在宅医療に切り替えても必ず破綻してしまいます。

 2016年度の時点で日本の訪問看護ステーションの数は約9000カ所です。例えば5年後、我々の関与した訪問看護ステーションが100カ所になったとしても、それでは話になりません。今は5年後に5000カ所増やすにはどうすればよいか、それを真剣に考えるフェーズに来ていると思います。

 要するに、爆発的に訪問看護ステーションを増やす姿勢で取り組まないと、現状を変えていくことができないのです。これまで欧米が数十年かかって作り上げてきたシステムを日本はわずか数年でやろうとしているわけですから、今までの延長線上では立ち行かなくなります。医療や介護でイノベーションを起こすためには、生産性を上げ、効率化によってコストを下げ、必要としている高齢者がすべてサービスを使えるようにしなくてはなりません。

――生産性向上と効率化にはIT活用が不可欠だと思いますが、先ほど言及した無料アプリは教科書のようなものでしょうか。

 はい。教育用動画や評価の仕組みをパッケージし、コンテンツを閲覧すればある程度の内容が把握可能で、不明点があれば質問できるアクション型のeラーニングアプリを想定しています。これを半年間学習すれば我々の提供するノウハウが身に着き、研修は実際の施設で行うシステムです。

 eラーニングの内容は現場の意見を調査・集約して、アプリ開発者とディスカッションしながらつくる予定ですので、一般的なeラーニング業者には太刀打ちできないものです。そこまで濃い実践型の内容にしないと、ブレイクスルーは起きません。

 あとは人工知能にも注目しています。例えば先ほどのバックオフィスのシステムに機械学習を投入して、蓄積したデータをもとに各ステーションのルート設定やシフト作成を自動化できるようになれば、確実に人間の生産性は向上しますよね。そのほか、ロボットの研究も積極的に進めたいと考えています。

――今後、在宅医療・看護・介護にどのような将来像を描いていますか。

 日本人は職人気質ですから、新しい価値観の仕組みを取り入れることに対して腰が重い。ですが、IoTにしろ人工知能にしろ、便利なテクノロジーをどんどん採り入れていく必要があると考えています。自動化できる部分は自動化して、人間がやるべき医療・看護・介護の付加価値を高めていければ、財源の先細りを恐れることもなくなります。

 薬が必要なときには薬が飲めて、介護が必要なときには介護が受けられ、診察が必要なときは医師に診てもらえる――。退院しても所得に関係なく、高齢者がいつまでも人間らしい生活ができることが大切なのです。そうした意味でも我々は、「生活総合商社」でありたいと思っています。

岩尾 聡士(いわお・さとし)
高齢社会街づくり研究所 代表取締役社長
名古屋大学 大学院経済学研究科 CBMヘルスケアイノベーション寄付講座 特任教授
芦屋大学 特任教授
岩尾 聡士(いわお・さとし) 1992年名古屋大学医学部卒業。同大学にて医師免許、博士号取得。国立長寿医療研究センター勤務、日本学術振興会海外特別研究員等、アメリカ国立老化研究所にて勤務。2001年愛知医科大学衛生学、加齢医学研究所講師。2007年中京大学にてMBA取得。2008年医療法人陽明会設立に尽力。2009年名古屋大学大学院経済学研究科社会福祉経済学寄附講座(アイカ工業)教授、2012年新ヘルスケア産業フォーラム常任理事。