現在、社会保障費削減に向けた在院日数削減へのシフトが進められている。一方では、都市部を中心に今後、病院を追われ、介護施設へも入居できない要介護高齢者の医療難民や介護難民が急増するといった予測もある。病院から退院したものの、医療依存度が高く介護施設にも入れない要介護高齢者の“退院先”の確保は、喫緊の課題といえる。こうした中で、「IWAOモデル」と銘打つ地域全体で高齢者を看守る構想を打ち出し、実践しているのが、医師で名古屋大学 大学院経済学研究科 CBMヘルスケアイノベーション寄付講座 特任教授でもある高齢社会街づくり研究所 代表取締役社長の岩尾聡士氏だ。同氏に取り組みの狙いを聞いた。
――高齢者の“退院先”の確保について、どのような課題認識を持っていますか。
現在、国が主導して、病院は治る人だけ看る、治らなくなったら退院してもらう方向に動いています。2015年の一般病床の平均在院日数は約16日でしたが、医療費抑制のためにさらに短くしようとしています。退院した人たちをきちんとケアする仕組みをつくらなければ、極端な話、この国は“姥捨て山”になってしまうでしょう。
高齢者が退院した後も、寝たきりにさせない、関節を拘縮させない、認知症を進ませない、といったケアを継続しなくてはなりません。例えば、本来であれば、病院から胃ろうが入った状態で出てきた人であっても、きちんと嚥下リハビリと通常のリハビリを繰り返せば、1カ月後には胃ろうも取れ、口から食べ物を食べられるようになります。しかし現実には、こうした効果的なケアができず、本当だったら立てるはずの人が寝たきりになってしまうケースが非常に多い。退院後にどのようにケアしていくかといったノウハウがないからなのです。
――「高齢社会街づくり研究所」の狙いはそうした課題の解決でしょうか。
そうです。私が考えているビジョンは「IWAOモデル」と呼ぶ、地域全体で高齢者を看守る仕組み、すなわちタウンホスピタル構想です。これは医療度の高い施設が病院と在宅療養のハブとなり、地域に密着しながら先進的な在宅医療の充実を実現していくものになります。具体的には、糖尿病や緩和ケアなど各疾患に特化したケアステーションが地域に点在し、そのハブになる施設と有機的に連携するモデルです。これによって「病院と同等の機能を持つ街」をつくり、病院から退院したものの医療依存度が高い高齢者のケアを実現しようというわけです。
欧米では1980年代から、医療体制が充実した「スキルドナーシングファシリティー(SNF)」という介護施設が存在します。欧米ではこうした施設をたくさんつくり、平均在院日数を短くして、退院後のケアをフォローしてきたのです。私が運営する「まごころの杜」と「聖霊陽明ドクターズタワー」(いずれも名古屋市)はこのスタイルに通じるもので、退院しても医療度の高い患者をコールケアサービスで看守り、リハビリも手がけます。
――そうした施設は数多く存在する必要がありそうですが。
まごころの杜と聖霊陽明ドクターズタワーの両施設は、在宅ケアの教育機関・研修施設にしていきます。まごころの杜は在宅緩和ケア住宅をうたっており、現在もパーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、膵がんなどさまざまな患者がいますが、医師、看護師、介護士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士がそれぞれサポートしています。そして皆で集まって情報を共有し、共通の言語で話しながらノウハウを蓄積しているのです。
最終的には、ここで蓄積したノウハウをeラーニングや無料アプリで全国の訪問看護ステーションに拡散していこうと考えています。ITを使って高齢者の受け皿となる知見を共有し、一気にこのスタイルを浸透させていきたい。そして遠隔で学習した結果をもとに、まごころの杜と聖霊陽明ドクターズタワーをOJTの場として機能させます。