――東芝を離れることが決まってからキヤノングループ入りまで。まずは、この期間を振り返っていただけますか。

 この1年余りは、内部環境の大きな変化に向き合う時間でした。そのことは幸い「我々は何者であるか」を見つめ直す契機ともなりました。外部にメッセージを発することが難しい状況の中、メディアの報道がそれを助けてくれた部分もあった。会社としては非常に不安定な状態でしたが、顧客からの期待を失うことなく、社員も方向性を見失わずに仕事を続けることができたと思います。

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 約1万人いる社員に対しては、よくついてきてくれたと改めて思いますね。企業としての価値も少しも毀損しなかった。これらはキヤノングループ入りするに当たっての最初のハードルでしたが、乗り越えることができたと思います。

 私達はここ20年近く、「Made for Life」を経営スローガンとしてきました。臨床医をはじめとする医療従事者を支援し、それを通じて患者の命に貢献する。そのためになすべきことにまい進しよう、という思いを表現したものです。この1年余り、スローガンの意味するところに全ての社員が思いをめぐらせ、これこそが我々の使命だと再認識できました。

 キヤノン側との接触が許されない期間でしたが、一緒にどんなことができるかと“妄想”はしていたんです。そしてグループ入りしてからの3カ月で、いろいろと情報交換をしました。目指すところについて、お互いの理解はかなり進んだと感じています。

 現時点ではっきり言えることは、キヤノングループ入りによって、我々が育んできた力がそがれるような懸念は全くないということです。御手洗会長も我々に関して、独立性を保った経営をすると言ってくださった。目指してきた方向に、これまで通り突き進みます。

――キヤノンとの相乗効果については、何を期待しますか。

 医療に貢献する新しい価値を、ともに生み出していく。これは一朝一夕にはできませんので、ある程度の時間をかけて取り組む考えです。どんな相乗効果を生み出せるか、はっきりしたことはまだ言えません。ただし、いくつかの領域では一緒にやれそうなことが見えてきています。

 その1つがIT分野です。キヤノンマーケティングジャパンが事業基盤を持つ領域で、新しい事業のタネもいろいろとありそうです。我々自身もIT分野には力を入れてきましたので、1+1を3にも4にもしたいですね。

 もう1つは、バイオメディカル分野などでキヤノンが持つさまざまな技術シーズ。これを医療機器化したい。米国ボストンの同社の研究所などで精力的に研究を進めてきたようですし、京都大学とは長年、光超音波技術などに関する共同研究を進めてきた。こうした技術シーズを医療機器に仕上げたり、我々の販売チャネルを生かして事業化できればと考えています。

 個別の事業だけでなく、ビジネス全体を見ても得るところは大きいと思いますね。例えば精密設計や精密加工、精密組立というキヤノンの伝統。我々もいわゆるセル生産方式を採用してはいますが、キヤノンはその大家ですから。さらにその先を見据えた生産技術にも取り組んでいると聞いています。ものづくりに対する考え方やそれを実現する仕組みについて、我々が学ぶべき点は多いでしょう。

 ビジネスモデルという点でも、参考にしあえる部分があると思います。扱ってきた製品や対象にしてきた市場が全然違いますからね。同じ組織の中だと、お互いに勝手が分かっているのでビジネスモデルの議論を改めてしたりはしないものです。そういう環境が良い意味で崩れるのではないでしょうか。

 キヤノンの医療事業と当社の間で、事業組織としての関係をどうするかは今まさに議論しています。少なくとも現時点で明言できるのは、当社がキヤノンに統合され、リストラが行われるといった計画は一切ないということです。