――「医療×IT」を活躍の場とされています。この分野に関心を持つようになったきっかけは何だったのですか。

 2008年に(慶応大)医学部に入学した当初は、医療×ITというテーマにそれほど関心があったわけではありません。栃木県益子町の出身なのですが、実家の隣が祖父の産婦人科医院という環境で育ちました。祖父をはじめ親族には医師や薬剤師などの医療従事者が多く、みな臨床よりなんです。そこで私も、将来は臨床に携わるのだろうと漠然と考えていました。イメージにあったのは、産婦人科医や救急医ですね。

 入学から間もない頃、学部1~2年生のときに関心を持ったテーマが2つあります。地域医療と予防です。

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 地域医療については、地域包括ケアの取り組みを佐久総合病院(長野県佐久市)で学ばせてもらったり、離島医療への取り組みを伊豆大島で学ばせてもらったりしました。医療の届かないところにいる人達にどうやって医療を届けるか。そんな問題意識が芽生えたのがその時です。

 伊豆大島ではこんな実情を知りました。若い女性が交通事故にあい、確か骨盤骨折だったと思いますが、重傷を負った。まずは島内の医療機関に運ばれて診察を受けたのですが、撮った画像を診る専門の放射線科医がいない。そこで画像データを本土の放射線科医に送り、読影した結果をレポートしてもらうというプロセスが必要でした。その結果、本土への搬送が必要と判断されたので、ヘリコプターを手配。負傷した女性を搬送しました。結局、その女性が伊豆大島を出るまでにトータルで5時間ほどを要したのです。

 離島は専門医が不足しているうえに、本土と連絡を取ったり患者のデータをやり取りする際の通信インフラの問題があります。個人の診療スキルだけでは解決できない問題がたくさん出てくる。こうした状況を目の当たりにして、これから医師になろうとする自分が、臨床のことだけを考えていてはダメだと感じたんです。ITを含めたインフラを整えないと救えない命がある。そう痛感した体験でした。

 もう1つのテーマ、予防に関心を持ったことも地域医療と関わりがあります。地域の高齢者に接していると、同じ年代でも健康の度合いに大きな差があることを実感します。人間は20代くらいまでは一般に、健康レベルにそれほど大きな差はつきません。ところが40~50代になるとそうではない。健康を特別に損ねるようなことをしたわけではなくても、人によってはがんや若年性認知症といった重い疾患にかかります。“健康偏差値”の差がどんどん広がってくるわけです。

 そして、その要因がよく分からないんです。医学部ですから、生体の仕組みについては多くを学びます。でもその知識は「なぜ年を取っても元気な人がいる一方、若いのに重い病気になる人がいるのか」という疑問には答えてくれないんですね。

 その問いに答えを出すためには、病院の中で取るデータだけでなく、おそらく運動や食事、遺伝子などの要素にも目を向ける必要があります。これらの要素を統合的に解析することで初めて、どうすれば年を取っても病気にならずにいられるかを明らかにできる可能性がある。そしてその手段としてITやビッグデータ、今の言葉で言えばAI(人工知能)ですが、そうしたテクノロジーに興味を持ったんです。

 課題先進国である日本において、健康寿命と実寿命のギャップをどのように埋めていくことができるか。医療×ITへの関心はその問題意識から生まれたものです。