「いや、私が思ったあの人は、ここにはいないけど?」。そうつぶやく方がいらっしゃるかもしれません。
日経エレクトロニクスは、電子技術を用いて各界でイノベーションを起こしつつある人物を取り上げるコラム「Innovator」を毎号掲載しています。本デジタル別冊「イノベーター完全版」は、誌面の制約から掲載し切れなかったインタビューの全貌をPDFファイルにまとめたものです。左に掲げた表紙にデカデカと書いてあるのは「みんなここにいます」の一言。あたかも世のイノベーター全てを網羅したかのような書きぶりには、編集者のちょっとした思いが込められています。
本書を編集するにあたって、改めて各人のインタビューを読み返しました。そこで気づいたのが、これまで登場したイノベーターの面々には、共通点が幾つもあることです。
まず、現在の華々しい成果の背後に長年の経験の蓄積があること。スパコンの省エネランキング「Green500」で世界1~3位を独占する離れ業を成し遂げたPEZYグループの齊藤元章氏は、スパコンの開発でこそ新参者ですが、自らシリコンバレーに設立したベンチャー企業で10年以上プロセッサーの開発に携わってきました。近々、日本でも医療機器として承認される見通しの「ロボットスーツHAL」を開発したCYBERDYNEの山海嘉之氏が、基礎となる研究に着手したのは1990年代初頭と言います。
核になる技術や理念を起点に、多岐にわたる領域へ活動を広げていることも相通じます。手術中にMRI画像を撮影して脳腫瘍の治療に生かす「術中MRI」を手掛けてきた東京女子医科大学の村垣善浩氏は、今では医療機器のパッケージ化やネットワーク化、新たな治療器の開発にまで踏み込んでいます。ハイアールアジアの伊藤嘉明氏が、「(コンテンツ提供の)プラットフォーマーになる」という理念を、液晶パネルがついた冷蔵庫からSNS上のバンドのコンテストにまで広げていく実行力には驚かされます。
興味深いのは、他者と差異化する手段として独自のハードウエアを使う例が多いことです。ドワンゴの川上量生氏は、専用のハードウエアの開発などを通じて、競争する環境自体を変えることが重要と説きます。映画監督の大友啓史氏は、役者の「主観映像」を撮影する独自システムの開発に何カ月も費やしました。詰まるところ、これまでなかった物事を生むハードウエアは、今はまだ存在していないわけです。何人かから聞いた「無いものは自分で作る」という発言は、イノベーターにとって常識なのでしょう。
本当に世の中を変える人たちは、本書に登場した人々と多くの要素を共有している。こう考えたことが、「みんなここにいます」とあえて掲げた理由です。その意味で、上に挙げた幾つかの項目は、イノベーターに共通に求められる素養なのかもしれません。少なくとも、エレクトロニクスのハードウエア技術が鍵になる限りでは。
同様な資質を備えた人物でも、取り組む対象が異なると現れる成果は千変万化します。本書が掘り起こすインタビューの細部には、斬新なビジョンや経験、発想が溢れています。もちろん、異分野の事例と言えども、多くの人々のヒントになることは間違いありません。本書が、来るべきイノベーターの発想を大いに刺激することを願います。
日経エレクトロニクス 編集部
目次
- 人間は終わるんですよ、その中で生きていくしかない
川上量生氏(ドワンゴ 代表取締役会長 CTO) -
ゼロイチ、続ける、口出さない かつてないものを生む3条件
岩佐琢磨氏(Cerevo CEO)☓小笠原治氏(ABBALab 代表取締役) - 「誰でもスパコン」目指す先駆者と挑戦者に聞く
松岡聡氏(東京工業大学 学術国際情報センター教授)
齊藤元章氏(PEZY Conputing 代表取締役社長 ExaScaler 会長) - 顧客の言うままに作ると、たいてい大失敗します
山崎文敬氏(イクシスリサーチ 代表取締役) - 頼みは若い人のエネルギー、ベテランはサポート役を
鎌田富久氏(TomyK Ltd. 代表取締役 & Founder) - 「最高のロボット」はまだ先、必死になって突破口を探す
吉崎航氏(アスラテック チーフロボットクリエイター) - IT企業の経営から農業へ、半世紀ぶりの革命を起こす
小池聡氏(ベジタリア 代表取締役社長) - 最初はみんなドン引き、「とにかく絶対にやれ」
伊藤嘉明氏(ハイアールアジア 代表取締役社長 兼 CEO) - 最後の秘境は脳内映像、閉塞感打破には越境せよ
大友啓史氏(映画監督) - ゴールは治療の自動化、手術室を1つの医療機器に
村垣善浩氏(東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授) - 5年以内に人工小脳、新しいサービスビジネスも
山海嘉之氏(CYBERDYNE 代表取締役社長/CEO) - 土木現場を工場のように制御、社内の電子部門が強みに
中野一郎氏(コマツ 常務執行役員) - 自動運転はすぐ必要、だって待ってる人がいる
谷口 恒氏(ZMP 代表取締役社長) - サービスは生やさしくない、会社のカルチャーですから
小松崎常夫氏(セコム 常務執行役員) - ソニーより社会貢献を優先、次はノーベル賞を取るAI
北野宏明氏(ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 所長) - AIを個人の相棒に、Appleにだって挑む
清水亮氏(UEI 代表取締役社長兼CEO) - Google級のベンチャーを日本から
國土晋吾氏(TXアントレプレナーパートナーズ 代表理事) - 毎日、進歩が加速している 脳の理論が2016年末にも完成
Jeff Hawkins氏(米Numenta社 Co-founder)