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HOMEものづくり日本機械学会誌から > 1970年代の懐かしい設計現場の風景

日本機械学会誌から

1970年代の懐かしい設計現場の風景

日本機械学会誌「機械遺産のDNA・万能製図機械MUTOH『ドラフターMH-1』」

  • 早川信正=MUTOH ホールディングス株式会社・武藤工業 代表取締役社長
  • 2017/10/16 05:00
  • 1/2ページ
本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第120巻第1186号(2017年9月)のコラム「機械遺産のDNA」pp.38-39に掲載された「万能製図機械MUTOH『ドラフターMH-1』」の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

「ドラフター」の開発と普及

 日本初の設計製図機械「ドラフターMH-1」は、武藤目盛彫刻(現・武藤工業)創業者 の武藤与四郎により1953(昭和28)年に誕生した。きっかけは、乗合バスの車中で米国人が読んでいた雑誌記事だった。当時の設計者が使っていたT定規や三角定規、分度器などを組み合わせた道具の記事だったが、偶然それを見た武藤与四郎のひらめきがドラフターの開発・商品化に繋がったのだ。戦前からの目盛彫刻や金型加工が主事業だった武藤工業にとって、それは新時代の幕開けだった。

 1957(昭和32)年頃から「ドラフター」の名称は広く普及・浸透し、武藤工業の登録商標であるにもかかわらず、当時の文部省で設計・製図機の呼称として文書に記述されたこともあった。一方、欧米ではMUTOH(ミュートー)の名でエンジニアに親しまれていた。

 当初、ドラフターは製図板を水平にするものだったが、座ったまま大きな図面を作図できるよう上部にカウンターウエイトを付け製図板を立てられるよう改善した。これにより操作性が向上し、加えて省スペース化も促進。製図室に多くのドラフターが並ぶ懐かしい光景が実現された。

 やがて、スケール(定規)の角度を読み取る方式も遊標(バーニヤ)式、ダイヤル式、デジタル式と進化して複数の選択肢を提供。構造もベルトプーリー式に加えて縦レールと横レールのXY駆動となるレール式が開発された。ドラフターの販売記録は最高年間12万台に及んだ。

1970年代当時の設計室
1970年代当時の設計室
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