本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第120巻第1186号(2017年9月)pp.10-11に掲載された「手術ロボットの技術トレンド」の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

 国内外においていち早く普及が進む米インテュイティブサージカル社の手術ロボット「ダビンチ」は、国内では200台以上、海外を含め全体で4000台に近い導入数がある。ダビンチが広く臨床現場に受け入れられる理由として、優れたハンドコントロールとも呼べる術者の「手さばき」の支援が有効であることが考えられる。

 ダビンチは、技術的には遠隔操作型ロボットの一つとして捉えられ、ロボット工学の分野では「マスター・スレーブ・システム」と呼ばれて研究開発が進んできた。マスター・スレーブでは、操作器(マスター)からの動作指令に基づき、手術ロボット(スレーブ)が動作する。ダビンチのコンソールと呼ばれる操作卓には立体内視鏡画像が提示され、ジョイスティック型のインタフェースによって、直感的に患者体内へ挿入した手術ロボットを操作できる。このような直感的インタフェースと多自由度ロボットを融合した機械システムが、医療機関へ一般的に普及する商品として成立したのは過去に例がなかった。

機械の観点から見た手術ロボット

 患者体内の患部を内視鏡で観察しながら行う内視鏡下手術は、従来の手術器具では大きな切開を必要とした手術と比較して、患者にとって痛みが少なく、早期の回復が期待できる低侵襲医療が提供できる。医療経済の観点からも患者が早期退院できる低侵襲治療には高い効果が得られる。このような背景の中、手術ロボットは、内視鏡下手術における制限を克服し、さらには従来器具では不可能であったより優れた手術方式への探索、発展を求めて開発されてきた。

 手術ロボットを用いることで、従来の手術器具では不可能であった狭所に到達し、先端の多関節により自由度の高い動作を行える。またこのとき、手ぶれによる振動を除去し、かつ操作量と手術ロボット間の動作スケールを可変とすることによって、精細な操作が可能になる。このような手術ロボットの機能は、機械技術が寄与するところが大きい。

 機械工学の観点から、手術ロボット開発が挑戦的であることの理由として、先端処置具は動力源と切り離して洗浄し、滅菌・消毒しなければならないことがある。また、生体適合性を有する材料で構成する必要がある。さらに、先端処置具は体内に挿入して用いるため、長軸方向に長いという特徴がある。手術ロボットでは、この経路に複数の動力伝達要素を配置し、先端の処置具に多自由度を与えるための機構開発が盛んに行われている。