本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第120巻第1182号(2017年5月)pp.18-21に掲載された「メカノバイオロジーの誕生と今後の展望」の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

メカノバイオロジーの意義

 メカノバイオロジーは「生体における力の役割とその仕組みを明らかにする学問」で、ここ10年で急速に興隆した新しい融合領域である。もともと、力と生物に関連する学問は古くから存在し、聴覚、触覚、内臓感覚や筋感覚などの機械感覚は生理学の花形テーマであり、循環器学、運動生理学、マクロ解剖学、バイオメカニクスでも力は中心概念で、整形外科や歯科では力を用いた治療法がある。ところが最も根本的な課題「生体に対する力の作用機序」の解明の遅れのため、各分野間の連携は乏しくまとまりを欠く。

 メカノバイオロジーは、この関連諸分野を統一された体系へ合理的に位置付ける可能性を持ち、諸分野の相互刺激と有機的連携を進め、飛躍的発展が期待できる。

身体力覚と細胞力覚

 動物は動きに伴い体内にさまざまな変形とストレスを生じる。生命活動に伴いあらゆる臓器に力刺激が生じ、それらは専用の機械受容器で感知され中枢神経系を介して臓器へフィードバックされて、最終的には個体維持に使われる。この機能を「身体力覚」と呼ぶ。

 臓器の変形は組織や細胞にも及ぶのは自明であり、問題はこれらが神経系とは独立に力を感じ、自身にとって意味のある応答を示すかだ。実は血管には独立した機械刺激の感知・応答能が古くから知られ、その後あらゆる細胞が多様な機械刺激に生理的・病理的応答を示すと判明し「細胞力覚」の概念が確立した。

 だがその研究は遅れ、生物学者とバイオメカニクス研究者の連携も道半ばである。しかも、分子実体が不明な現象は発展の可能性が限られる。力受容体(メカノセンサー)の分子同定は極めて困難だった。