本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第119巻第1169号(2016年4月)に掲載された記事の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

 燃料電池自動車(FCV)や水素ステーションで使われる水素ガスの圧力は、最大で80MPa以上に達する。そんな高圧の水素に曝される金属部材(配管、弁、蓄圧器など)は、材料中に侵入した微量な水素による強度や延性の低下(水素脆化)を考慮した強度設計が必須となる。高圧水素ガス環境中で使用される金属部品に対する強度設計の考え方や最近の動向を紹介する。

高圧水素ガス環境中で使用可能な材料

 2000年頃に国内で開発が進められた35MPa水素ステーションでは「水素の影響がない材料」のみ使用が認められていた。材料に対して[1]水素ガス中の低ひずみ速度引っ張り試験(SSRT試験)における引っ張り強さ、降伏応力、伸びおよび絞りが大気中と同等以上、[2]水素ガス中の疲労寿命特性が大気中と同程度、[3]水素ガス中の疲労き裂進展速度が大気中と同程度、の3項が要求された。結果、オーステナイト系ステンレス鋼「SUS316L」やアルミニウム合金「A6061-T6」の使用が認められ、クロムモリブデン鋼「SCM435」も超音波探傷で有害な欠陥がないとの確認を条件に認められた。

 2010年頃から検討が始まり国内各地で建設が進む70MPa水素ステーションでは、使用範囲が「水素の影響が少ない材料」に広げられた。SSRT試験で水素に最も大きく影響される「絞り」が判定基準を満たし、水素中の疲労試験結果(疲労寿命特性)が大気中と同程度なオーステナイト系ステンレス鋼の使用が認められている。

 今後、関連部品の安全性と経済性を両立させるには、「水素の影響を受けるが安価な材料」の使用が重要となる。2013年6月に閣議決定された規制改革実施計画でも、クロムモリブデン鋼などの水素の影響を受ける鋼材を国内で広く使うための使用可能鋼材拡大が盛り込まれた。著者らは高圧水素ガス環境で取得した「SCM435」に関する一連の実験結果をもとに、クロムモリブデン鋼を使用するための材料選択基準や、「公式による設計」「解析による設計」を適用する際の指針を提案している。