本記事は、日経WinPC2013年8月号に掲載した連載「PC技術興亡史」を再掲したものです。社名や肩書などは掲載時のものです。

 今月からCPUに話を移す。やはり最初は、世界最初の商用ワンチップCPUであるIntelのi4004から始めよう。

 i4004が生まれたのは1971年。日本のビジコンの求めに応じてIntelで設計・製造された。開発には当時ビジコンに在籍し、後にIntelに加わった嶋正利氏も参加した。開発費の分担を巡って、Intelがi4004を外販する許可を得たことから、同社のCPUビジネスが始まった。

 電卓用だったため命令セットに制約があったi4004を改良したi4040や、8ビット化したi8008が登場したが、汎用のCPUとしては使いにくい部分が残されていた。これを改良したのが、1974年に登場したi8080である。CPUとしては最初のヒット商品だ。世界最初のPCである「Altair 8800」(MITS)や日本の「TK-80」(NEC)などに使われた。

 Intelは当時PMOSと呼ばれるプロセスでCPUを製造していたが、この頃からチャンネルを入れ替えたNMOS、さらに高速化したHMOSと呼ばれるプロセスで既存の製品ラインを置き換えた。NMOS化の最初が1976年に投入されたi8080Aで、動作周波数を3MHzまで引き上げた。さらに周辺回路を統合し、機能を強化したi8085Aを投入。翌年にはHMOSプロセスを採用したi8085AHも登場した。

 i8080Aの後継として1978年に発表されたのが8086である。本来後継品としてはi432(80432)を開発していた。しかし製品開発がずるずる遅れ、バックアッププランとして立ち上がったのが8086である。8086はi432より先に開発が完了し、ビジネスでも大成功した。8086は、i8080とソースレベルで命令の互換性を維持しながら、新たに16ビット命令を加えた。メモリー空間は64KBから1MBに拡大。8086に目を付けたPCメーカーは多かったが、一大勢力となったのがIBM PCとその互換機である。

 IBMはもともと、PC的な製品を1973年から継続して開発してきた。しかし価格が安いものでも1万ドル近く、「パーソナル」にはほど遠かった。その一つに1981年7月に発表された「IBM Datamaster」(正式名称は「IBM System/23」)がある。i8085Aを搭載し、8インチFDDを装備していた。IBMはこの設計を流用したかった。

 ところが、8086は外部バスが16ビットで、8ビットバスのi8080Aやi8085Aとハードウエア面で互換性が無かった。このためメーカーからは「外部バスが8ビットでソフトは8086と互換の製品が欲しい」という要望があった。これを受けて登場したのが低価格版の8088だ。IBMは8088の採用を決め、IBM Datamasterの基本回路を多く継承しながら、16ビットのIBM PCを開発することに成功する。

 OSはMicrosoftに外注。IBM Datamaster用ソフトウエアを自社開発した結果、時間とコストが掛かったことへの反省である。これが結果として、MicrosoftによるMS-DOSの開発と、それに続くMSDOSの世界制覇につながることになった。日本においても、NECがやはり8086とMS-DOSを採用したPC-9801シリーズを開発し、これが大ヒットしたことは多くの読者がご存じだろう。

 Intelはこれに続き、8086をベースに16ビットCPUながら16MBのメモリー空間とメモリー保護機能を搭載した80286を1982年に発表する。メモリー保護を有効にする「保護モード」を備えた。ただし、この80286の保護モードは、制限が多い上に使いにくかった。ほとんどのPCでは高速な8086としてしか使われなかった。80286は1984年に発売されたIBM PC ATに搭載され、いわゆるPCの原型となった。

Intelの4/8/16ビットCPUの系譜
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Intelの4/8/16ビットCPUの系譜
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Intelの4/8/16ビットCPUの系譜
図1 IntelのCPUは4ビットのi4004に端を発し、8 ビット、16ビットへと進化してきた。PC用としては かなり昔の存在といった印象があるが、組み込み向け には現在でも使われているCPUが少なからずある。