有史以来、自然光をエネルギー源として植物を栽培してきた農業において、日本では江戸時代に和紙を用いた温室での栽培が施設園芸の元祖とされる。以後、ビニルトンネル、プラスチックハウス、ガラスハウスと自然光下での栽培が行われ、半閉鎖環境となって人工光の利用(補光および完全人工光)も行われるようになった。近年植物工場という呼び方も定着したことは、ご承知の諸兄も多いと思う。
光は、植物が持っている基本的な生理作用の1つである光合成反応のエネルギー源である。また、発芽・花芽分化・開花などの発育に関わる生理作用を進めるための信号源でもある。農学において、光は、生物環境の一部分として扱われる。二酸化炭素、温湿度制御、培養液管理などと合わせて光環境について講義の時間が設定されるのが通常である。耕地の微気象という言い方があるが、日射は農業気象の一部として扱われる場合もある。光環境独自に講義科目が設けられている事例はないと考えられるが、生物環境計測工学あるいは農業工学実験などの講義科目の中で、自然光と人工光をともに取り扱う。ここでは、著者らの例にしたがって教育内容について概説する。
電磁波の基本的理解
電波と光がともに電磁波であることは中学高校で教えているはずであるが、電波は目視できないので、特に生物と化学選択者が多い農学系でそれが身についているかは疑問である。そこで、電波との共通性を理解するために、まず、光速、振動数、波長の関係式を答えさせている。
今はチューナーを回してラジオを同調する世代でもなく、同様にテレビ各局電波の波長を意識することもない。そこで説明に利用するのが、アンテナの長さである。アンテナの長さは、対応する電波の2分の1波長としている場合が多い。光速を3.0×108とすると、中波放送(たとえば1314kHz)の場合は114mとなる。中波放送の送信所を実地に見る機会はめったにないと思われるが、図1に大阪府堺市にある中波放送の送信所を示す。100m超の鉄管アンテナを多数の支線で支持している。FM放送(たとえば78.9MHz)の場合は1.9m、地上波デジタルテレビ(500MHz)では0.3m、携帯電話(1,500MHz)では、0.1mとなり、身近にある受信用アンテナの長さと容易に対応できる。
次に、光と呼んでいるものの正体が、物質が発する放射のうち、ある特定波長城の放射のことであることを理解させる。図2には、小澤・内藤(1993)1)が引用した日射の波長当たり放射エネルギー分布を示す。太陽は様々な波長域の放射を地球に送り届けているが、その範囲はほぼ300nm~2.5μmに収まる。最も上欄に紫外線、光合成有効放射、可視光を示し、その下に遠紫外、近紫外、青黄緑赤、遠赤の波長域を示す。1nmは1×10-9mであること(SI単位系の勉強も同時にすることもある)、可視光の範囲は380~780nmであること(電磁波よりさらに波長が短いこと)、緑色植物の光合成有効放射は、可視光よりやや狭いほぼ400~700nmであること(植物種により多少異なるが)、遠赤光と近紫外放射は、植物の発芽・開花、あるいは茎の伸長、色素形成などを引き起こし、近紫外放射(波長300~400nm)は植物の成長を抑制する場合があることなどを説明する。また、日射エネルギー全体の中に光合成有効放射エネルギーが占める比率は約50%である。残りの約50%のほとんどは。波長700nm以上の放射エネルギーが占める。
栽培環境の要素として光を考える場合には、波長域によって区別される様々な種類の光があることを知っておく必要がある。日射のことなのか、可視光のことなのか、光合成有効放射のことなのか、あるいは自然光か、人工光か、ランプの種別はなどいろいろな波長域の放射が用いられるからである。