美術館および博物館環境において、展示照明の光は資料に対して劣化因子として作用するため、鑑賞に支障がない範囲で展示照明を制限すべく、照度や年間積算照度(露光量)に関する推奨値が各機関1)-5)から提案されている(表1)。また、これら推奨値は資料を構成する各材料の耐光性に応じて与えられている(表2)。実際には、各材料は耐光性が異なるだけでなく、各波長の光に対する応答度、すなわち、作用スペクトルも異なる。

表1 博物館・美術館における照明基準1)
表1 博物館・美術館における照明基準<sup>1)</sup>
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表2 光に対する資料の応答度の分類(概略)1)
表2 光に対する資料の応答度の分類(概略)<sup>1)</sup>
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*1  “応答度なし”と分類されている資料は、実際には光に対して“極めて低い応答度”を示すものである。

 このような作用スペクトルに関して、Harrison6)によって報告された相対損傷度Dλが広く知られている。米国商務省標準局(現・米国国立標準技術研究所(NIST))が歴史的文書の保存方法について調査・研究した際に、365nm~546nmの波長の光によって低級紙に生じる相対的な損傷度について報告しており7)、相対損傷度Dλはこの研究結果を拡張して導出されたものである。資料の種類により、相対損傷度にいくらかの違いはあろうが、紫外放射や近接する可視光線による影響の大きさを概括したものといえる。また、染色布の光曝露試験を行った先行研究から、フィルターによって紫外放射を除去した蛍光ランプ8)や美術・博物館用蛍光ランプ9)-13)が資料保護の観点から有用であるという結果が多数報告され、現在まで美術館や博物館において紫外放射の除去が推奨されてきた14)-17)

 ハロゲンランプや美術・博物館用蛍光ランプといった従来光源から、現在はLEDンプや有機EL照明といった新光源への切り替えが進んでおり、使用する光源の分光分布はより多様になっている。美術館や博物館に導入され始めている新光源は紫外放射をほとんど含んでいないが、可視光領域の波長であっても資料に損傷を与える可能性はあり、白色LEDが染色布に与える影響に関していくつか報告されている18)19)。展示照明に使用される各光源を比較すると、光源の種類によって分光分布が異なるため、資料に生じる劣化の進行度も異なると考えられる。よって、展示資料を保護するため、適切に展示照明を管理するにあたり、異なる分光分布の光源が資料に与える影響を定量的に評価できる方法が必要である。

 現行の管理方法で広く用いられている照度は心理物理量であり、分光視感効率で重み付けされた測光量である。そのため、資料に対する損傷度と密接に関わる分光放射エネルギーの情報が反映されず、同一の照度および積算照度で照射しても、光源によって資料に与える影響の大きさは異なると予想される。一方、分光放射照度および資料の作用スペクトルを考慮して算出される光曝露量の指標、有効放射露光量が提案されており1)20)21)、従来的な積算照度と比較して、資料に影響を与える光の量をより適切に評価できる可能性がある。

 本稿では、光曝露試験によって染色布に生じた劣化の進行度を評価する際に、異なる光曝露量の指標である積算照度および有効放射露光量を適用し、その評価性能を比較した。