本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第85巻、第9号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

低炭素社会と脱原発の実現に向けて再生可能エネルギーの普及が最重要課題となっている。特に太陽光・風力発電の大規模導入を行うためにはスマートグリッドの負荷変動平滑化に供する大容量・高出力型の蓄電システムが必要である。また経済性向上の観点からは安価かつ資源的制約のないレアメタルフリーな部材から安全性の高い蓄電システムを構築しなければならない。本稿では、これらの課題に対して有機レドックス分子と水系電解質を用いたプロトン型スーパーキャパシタの研究例を報告する。キャリヤイオンとしてプロトンを、電極・電解質材料としてわずか5つの軽元素、すなわち水素、炭素、酸素、硫黄、塩素だけを用いたセルで鉛電池に匹敵する蓄電エネルギー密度と良好な充放電サイクル特性を有した実用的蓄電デバイスを実証した。

 太陽光・風力発電などの再生可能エネルギーを普及させるには、供給電力の平滑化のための大規模電力貯蔵システムが必要である。これらは安価・高安全性・メンテナンスの簡易性のみならず、使用する電池部材の資源制約性や環境への有害性など巨大設備ゆえのさまざまな技術的課題がある。

 移動体用途の大型2次電池としては、リチウムイオン電池がすでにハイブリッドカーや電気自動車に搭載され有効な低炭素技術として普及しつつある反面、定置型大規模電源としてはレドックスフロー電池などの安価・高安全性の蓄電システムへの期待が高い。リチウムイオン電池はキャリヤとしてリチウムイオンを用いて高いセル起電力が得られる一方で、リチウムや正極活物質†1に用いるコバルトなどは希少金属(レアメタル)に属するため必然的に高価格となり、また資源が偏在することから地政学的なリスクがある。

†1活物質=電極においてレドックス反応を行う物質。例えばリチウムイオン電池の正極活物質であるリン酸鉄リチウム(LiFePO4)では、充放電中にリチウムイオンが脱挿入するに伴い電子も出入りして活物質中の鉄原子がレドックス反応を生じる。

 他方、レアメタルフリーの有望なグリッド用蓄電技術として電気2重層キャパシタ(Electrical Double Layer Capacitor:EDLC)がある1~6)。EDLCは分極性電極/電解液界面に形成される電気2重層を利用して電気エネルギーを貯蔵するデバイスであり、化学反応を伴わないため不可逆過程が存在せず、安定な充放電サイクル特性を有する反面、蓄電エネルギー密度は小さいという欠点がある。この欠点を克服するため電気2重層容量にレドックス容量も加えて蓄電エネルギー密度を向上させたデバイスにスーパーキャパシタ(電気化学キャパシタ、擬似容量キャパシタなどとも称される)がある7~10)。電極活物質の酸化還元反応に起因するレドックス容量も利用したスーパーキャパシタは2次電池とEDLCとの中間的な蓄電デバイスと考えることができる。

 本稿では、大容量蓄電が可能なレアメタルフリー電極材料として有機レドックス分子を選び、水溶液電解質のキャリヤイオンとしてプロトンを利用したスーパーキャパシタの研究を紹介する。特にキノン系分子は分子構造設計によりレドックス電位の制御と可逆的な多電子レドックス反応†2が可能なこと、さらにプロトンとの高速電荷移動に起因した高い出力密度も得られることから、高容量・高出力型のキャパシタデバイスが設計できる11~15)

†2多電子レドックス反応=1分子あるいは化学量論組成当たり2個以上の電子が酸化還元反応に関与する電気化学反応。例えばAQでは、2つのカルボニル基を有しているため2個の電子がレドックス反応した2電子還元状態のジアニオンを形成する。