本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第84巻、第8号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(最新号の概要PDF)。

光学顕微鏡の中でも、微分干渉顕微鏡は、非侵襲観察・計測手段として、生物学などで広く用いられている。その深さ方向分解能や計測精度は、従来の光源を用いた場合、標準量子限界と呼ばれる信号雑音比で決まる。しかし、光に含まれる光子間の相関を制御した、量子もつれ光を用いることで、この限界を超えることが可能になる。

1. まえがき

 量子もつれ(quantum entanglement)とは、複数の粒子の量子状態を、個々の状態ごとに分離して記述できない状況を指す1)。例えば、2つの光子A、Bについて、光子Aが水平偏光で光子Bが垂直偏光の状態(|H>A|V>B)と、その の状態(|V>A|H>B)の重ね合わせ状態

は、光子A、光子Bにどのような状態を仮定しても、それらの純粋な直積、すなわち分離可能な状態としては記述できない。この量子もつれ状態は、当初は量子力学と局所実在論の矛盾という、ある意味哲学的な観点から関心をもたれた。しかしその後、量子暗号2)や量子計算3,4)の研究が急速に進展するとともに、それらのプロトコルを実現するための、いわば“手品の種”として、なくてはならないリソースになっている。さらに、最近もつれ合った光子を用いた、従来の感度限界を超えた計測技術も注目されている。

 本稿では、我々が提案、実現した、量子もつれ光を光源とする微分干渉顕微鏡「量子もつれ顕微鏡」5)について紹介する。