本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第86巻、第5号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

 1980年代に1次元・2次元系を対象として理論構築が始まった物質中のトポロジーが2016年のノーベル物理学賞に輝いた。トポロジー効果に相対論効果を加え、舞台も自然に存在する3次元のバルク物質に移すことにより、今世紀になって物性物理学や物質科学が既存の延長線上にない不連続な進化を起こしつつある。応用にも革新をもたらすことが期待されるトポロジカル絶縁体とトポロジカル超伝導体について、物質・物性・機能の観点から研究の現状を紹介する。

 2016 年のノーベル物理学賞は「トポロジカル相転移および物質のトポロジカル相の理論的発見」の功績に対して、D.J.Thouless、F.D.M.Haldane、J.M.Kosterlitzの3氏に贈られた。受賞内容には、数学の「位相幾何学=トポロジー」の概念を使って、整数量子ホール効果(K.von Klitzingが1980年に実験で発見し、1985年にノーベル物理学賞受賞)をThoulessが1982年に説明したこと(次章で詳述)1)や、磁場がなくても整数量子ホール効果を示す2次元物質のモデルをHaldaneが1988年に提唱したこと2)などが含まれる。トポロジカル電子物質は、その特徴によって分類されてさまざまな名称がつけられており、例えばHaldane提唱の2次元物質はトポロジカル絶縁体の一種として量子ホール絶縁体やChern絶縁体と現在では呼ばれている(ちなみに、四半世紀たった2014年にようやく人工格子系の実験で実現された3))。これらの先駆的な研究に加えて、現在、急ピッチで進展しているトポロジカル電子物質に対する研究への実質的な引き金となったのは、電子への強い相対論効果(スピン軌道相互作用)が原因で出現する量子スピンホール絶縁体(2005年理論提唱4)、2007年実験的実証5))と3次元トポロジカル絶縁体(2007年理論提唱6)、2008年実験的実証7))の発見である。これらの詳細は次章以降で説明する。そして、超格子ヘテロ構造の中で人工的に創製される2次元電子系から、自然に存在するバルク物質中の3次元電子系に舞台を移すことで、トポロジカルな電子状態の多様性は飛躍的に増した。

 従来の金属や半導体中の電子とは異なった量子性をもつトポロジカル電子物質は、スピントロニクスや量子コンピュータへの利用も期待される新しい電子デバイス素材として、理学的な基礎研究から工学的な応用まで大きく注目されるようになった。本稿では、強いスピン軌道相互作用が生みだすトポロジカル電子状態を中心に、代表的な物質を紹介し、それらが示す物性や現象、そしてどのような電子機能への応用が期待されているかについて、我々の研究結果を交えながら解説していく。