本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第86巻、第3号に掲載された「スーパーコンティニューム光を用いた非線形光学イメージング」の抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

コヒーレントラマン散乱(CRS)や第2高調波発生などの各種非線形光学効果を用いた顕微イメージング手法は、透明な生細胞や生体組織の分子情報・構造情報を非染色、非標識にて取得することができるというユニークな特徴をもつ。これらの非線形光学効果を複数の波長成分をもつレーザー光源で発生できると、例えばCRSを用いた全ての基音の振動分光イメージングなども可能である。本稿では、サブナノ秒スーパーコンティニューム光を用いて我々が開発した、マルチモーダル非線形光学イメージング法について紹介し、それを用いた生細胞、生体組織のラベルフリーマルチカラーイメージングについて解説する。

 近年、非線形光学顕微鏡が、超解像、生体深部観察、そしてラベルフリー(非標識)というユニークな特徴をもつ新しいイメージング装置として、生命科学・医学分野で徐々に浸透・普及しつつある。用いられている非線形光学効果についても、例えばインコヒーレントな非線形光学過程である2光子励起蛍光(Two-Photon Excitation Fluorescence: TPEF)1)をはじめ、コヒーレントな非線形光学過程である第2高調波発生(Second Harmonic Generation:SHG)2)、第3高調波発生(Third Harmonic Generation:THG)3)、コヒーレントラマン散乱(Coherent Raman Scattering: CRS)4)など、幅広いバリエーションがある。

 非線形光学効果を用いた顕微イメージングは、古くて新しい。この手法の基盤となる非線形光学・非線形(光学)分光は、例えばSHGの報告が1961年に行われるなど5)、実験面ではレーザーの登場とほぼ同期して発展しており(理論面では、誘導ラマン散乱(Stimulated Raman Scattering:SRS)†1やパラメトリック効果を含む多光子過程が、Göppert-Mayerの学位論文で1931年に議論されている6,7))、長い歴史をもつ。そして、この非線形光学が顕微鏡と組み合わさると、これまで見逃していた(かもしれない)非線形光学効果のさまざまな新しい側面が、本手法の数々の長所として現れてくるのである。このうち最も興味深い例は、THG顕微鏡であろう8)。THGは3次の非線形光学効果であるため、均一な物質からでも発生しうる。しかしながら、これは入射光電場が平面波であることを仮定している。もし、入射光電場を顕微鏡対物レンズなどで集光すると、均一な物質中ではGouy位相シフトのために信号発生は効率的に消失(焦点面前後の信号が破壊的に干渉)してしまう。これは1960〜1970年頃に報告され、確立している知見であるが、それを顕微鏡に応用して、屈折率の異なる物質同士の境界や界面などにイメージコントラストを与えたTHG顕微鏡が登場したのは、ずっと時代が下った1997年である3)

†1 誘導ラマン散乱(SRS) 入射レーザーとサンプルの共鳴振動数についてωω2=Ωの条件が満たされるとき、サンプル通過後のω1光およびω2光の強度が減少および増加する。これらがそれぞれ誘導ラマン損失(Stimulated Raman Loss:SRL)(逆ラマン過程とも呼ばれる)および誘導ラマン利得(Stimulated Raman Gain:SRG)であり、SRL、SRGの総称がSRS である。用語的にややわかりにくいのは、自発ラマン散乱を種光として発生する誘導ラマン過程も、やはり“誘導ラマン散乱”と呼ばれることである。

 これに加え、非線形光学イメージング、特にSHG、THGやCRSなど、コヒーレントな過程を用いた場合は、空間分解能の定義も慎重に考える必要がある。例えばTPEF顕微鏡の場合は、点像強度分布(Point Spread Function:PSF)を用いた取り扱いが可能であり、空間分解能が明解に定義できるのに対し、コヒーレントな過程では信号がコヒーレントに加算されるため、強度ではなく振幅を用いた点像振幅分布(Amplitude Spread Function:ASF)を用いる必要があり、分解能の定義に注意が必要となる9,10)。非線形光学イメージング、特にコヒーレントな現象を用いたイメージングのサイエンスは、まだまだ奥が深いのである。

 非線形光学イメージングの最もユニークな特徴の1つは、1つ(または2つ)の光源で複数の非線形光学効果を同時に発生させ、かつ別々のチャネルで同時に検出することができる、というマルチモーダリティであろう11〜14)。例えば、TPEF、SHG、THG、およびCRSのいくつかを組み合わせたマルチモーダル非線形光学イメージングが、これまでに報告されている11)。これらの非線形光学効果を複数の波長成分をもつ“白色”レーザー光源で発生させられると、非線形“分光”イメージングも可能である。

 CRSイメージングの装置開発や応用例の数々については、拙稿15,16)含め複数のレビュー17〜20)があるため、本稿では我々が2003年から開発してきた、スーパーコンティニューム(Supercontinuum:SC)光†2を用いた非線形光学イメージング21)、特にコヒーレントアンチストークスラマン散乱(CoherentAnti-Stokes Raman Scattering: CARS)分光イメージングを中心に解説する。

†2 スーパーコンティニューム(SC)光 広帯域(典型的には1オクターブ以上)な連続スペクトル分布をもつ光源を指す。SC光の発生には、最近では高非線形フォトニック結晶ファイバ(Photonic Crystal Fiber: PCF)が主に用いられている。PCFは、多数の空孔が蜂の巣状に規則的に配列したクラッドと、シリカガラスから成る極細のコア、というマイクロストラクチャを有しており、空孔の大きさやその配列のしかたにより分散特性を制御することが可能である。これにより、PCFに導入された光パルスはコア中に強く閉じ込められ、かつPCFのもつ特異な分散特性により、PCF 中で自己位相変調、4 光波混合、相互位相変調、変調不安定、SRS、ソリトン自己周波数シフトなどさまざまな非線形光学効果が発生する。SC光は、これら一連の非線形光学効果の結果として形成される。