本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第85巻、第12号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

基板上に高密度に垂直配向成長したカーボンナノチューブ(CNT)では、蚕の繭まゆから絹を紡ぎ出すのと同じように、CNT連結体がつるつると紡ぎ出される乾式紡績現象が発現する。CNTが自己組織化的に一方向に配列するため、紡ぎ出された糸やシートなどのCNTアセンブリには、CNTの優れた電気伝導特性、熱伝導特性および力学特性が現れる。近年、この乾式CNT紡績技術が、CNTならではの新しい応用技術を生みだす革新技術として注目されている。本稿では、CNTの乾式紡績現象とCNTアセンブリ材料およびその応用技術について解説する。

 カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)が筒状のsp2ネットワークを有する結晶体であることが報告されて以来、炭素結晶のもつ優れた材料特性がさまざまな産業分野に活用されたときのインパクトの大きさに誰もが期待を膨らませ、世界中で多くの研究開発が遂行されてきた。基礎物性に関する研究では、抵抗率1)、熱伝導率2)、引張強度3)、弾性率4)などにおいて高い数値が多数報告されている。

CNTひずみセンサを手袋に埋め込んだデータグローブ
CNTひずみセンサを手袋に埋め込んだデータグローブ
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 ただし、ここで注意しなければならないことは、これらの物性はいずれも繊維状構造の長軸方向において発現するという点である。応用研究で利用されるCNTは、粉末状であることがほとんどである。その場合、粉末CNTは何かに分散して利用されることが多い。媒質中でCNTは曲りくねり、3次元的にランダムな向きに配置される。特に、樹脂など高粘性材料へのCNT複合化においては、高アスペクト比のCNTほど均質分散・混錬が困難である。そのため、マクロスケールのCNT利用材料において高い物性を顕著に反映した例はほとんどない。CNTが有する炭素結晶由来の物性をフルに活用するには、まっすぐ伸ばし並べることが重要である。

 CNTを簡単なプロセスで短時間に配列させる方法として、乾式紡績技術が近年注目されている。2002年に中国・清華大学のJiang5)らによってCNTフォレストからの乾式紡績現象が報告されて以来、中国および米国を中心として、紡績性CNTフォレストの合成とその応用の可能性が報告されている6~11)。乾式紡績とは、合成したままのCNTフォレストの一端を基板に水平方向に引き出した際に、CNTの連結体が途切れることなく引き出される現象である。この連結体は、従来の繊維技術における同様な素材と同じく「CNTウェブ」と呼ばれる。

 乾式紡績の特筆すべき点は、単純にウェブとして引き出す作業でCNTが引き出された方向に配列することである。CNTウェブは安定な構造体であるので、工業的プロセスを施すことが可能である。ウェブを積層してシート化したり、撚よりを加えて長繊維化したりといったマクロスケールのCNT加工が容易に行える。もちろん、ウェブから成形したシートや紡績糸中でもCNT配列は保存されている。したがって、CNTの材料特性が顕著に現れてくる。

 本稿では、筆者らの長尺紡績性多層CNTフォレストの乾式紡績現象とCNT紡績糸、配列シートといったCNTアセンブリの諸特性および応用例について解説する。なお、これまでに報告されている乾式紡績現象は、全て多層CNTに関するものである。以降、多層CNTのことを簡略してCNTと記述する。