人口当たりの処方量は米国の約6倍

 睡眠薬には幾つかの問題があることが分かっているという。例えば、慢性不眠症の患者の半数にしか反応しないことが実証されている上に、半数の患者は再発することが厚生労働省の調査で明らかになっている。また、耐性形成や依存形成などの副作用、高齢者では転倒骨折の副作用なども示されている。

 この点からも米国では睡眠薬の使用が極力禁止されているが、日本では人口当たりの睡眠薬の処方量が米国の約6倍にものぼるという。その原因は、認知行動療法を実施する臨床心理士が日本では国家資格になっていない点にあると指摘する。「国家資格でないということは保険点数がつかないということ。そうなると病院としては臨床心理士を雇うよりも、睡眠薬を処方して患者を回した方が儲かるという構図が成り立つ」(上野氏)。

 このような状況を改善すべく、上野氏が目指すのは「モバイルソフトウエアで認知行動療法を実装する新しいヘルスケア」だ。これは医薬品医療機器等法などの規制をクリアし、医療機器として認可されたプロダクトの提供が目的となるため、POC(Proof of Concept:概念実証)への対応が不可欠となる。

 実際には、どこまでのPOCが求められるのか。上野氏は、ソフトウエアでの不眠治療においては、睡眠薬のガイドラインがひとつの指針となるとする。睡眠薬では「臨床薬理試験」「探索的試験」「検証的試験」での検討が必要となるが、ソフトウエアは睡眠薬のように人体への投与がないため、「臨床薬理試験や探索的試験は不要で、検証的試験のみが必要になる」と上野氏は見る。

 このようなヘルスソフトウエアを医療現場で普及させるには、「データが取れても、それで治療がどう変わるのかが重要」と上野氏は強調する。医療者として重要なのは「目の前の患者の治療に対して、そのデータが貢献できるか」(上野氏)。エビデンスがきちんと出していくことで「利用者の見る目を変えなければならない」とした。