AI(人工知能)で広がる今後のヘルスケアビジネス――。こうした内容をテーマとしたパネル討論が、「Digital Health Meetup Vol.7」(2017年2月15、主催:グリーベンチャーズ)で実施された。

 パネリストとして登壇したのは、FRONTEO 取締役CTO/行動情報科学研究所 所長の武田秀樹氏、MOLCURE 代表取締役の小川隆氏、FiNC 取締役CTOの南野充則氏、エルピクセル 医療事業本部 ゼネラルマネージャーの豊則詩帆氏の4人。グリーベンチャーズ インベストメント マネージャーの根岸奈津美氏がモデレーターを務めた。

パネル討論の様子
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各社の強みは

 根岸氏が最初に質問したのは、それぞれの企業が持つAI技術とその強みについて。

 最初に答えたのはMOLCUREの小川氏。同社はAIやビッグデータ解析などを活用したスクリーニングシステム「Abtracer」で抗体医薬品の設計図を提供している。まずは、この自社サービスの背景を解説した。

MOLCUREの小川氏
MOLCUREの小川氏
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 小川氏によれば、抗体医薬品の設計図は、これまでほぼ全てが人の手で作られてきたとのこと。そのなかでMOLCUREは、AIの機械学習などによってより効果の高い設計図を生み出すことに挑戦している。

 抗体医薬品の市場は約5兆円と言われており、今後AIがどれだけシェアを伸ばせるのか。そのポイントとなるのは「人による医薬品とAIによる医薬品が同じレベルでは、AIが市場にくい込んでいくのは難しい」(小川氏)ということ。そのため、「より優れた医薬品を作ることで、初めてAIの価値が出る」と小川氏は考える。

 新薬の臨床試験には数百億円単位の費用がかかる。このため、「臨床試験を行う医薬品はAIの設計図の方が効率的だ、となってくれば市場は広がっていく」と小川氏はみる。

 このような現状にあって、MOLCUREの強みとなるのはAIの機械学習における教師データを集めるノウハウや、データを取り出すバイオロジカルの技術などにある。手間やコストを極力かけることなくAI機能を高めることにフォーカスしており、小川氏は「そこで常に世界をリードしていきたい」と力説した。

 次に、FiNCの南野氏が回答。AIを使って取り組んでみたいと考えているのは、例えば「FiNCダイエット家庭教師」において管理栄養士やトレーナーなどが直接サポートしている機能を自動化することだという。人の手が入るとコストが上がってしまうため、「その部分を自動化できれば、多くの人が無料でサービスを利用できるようになる」(南野氏)とし、アプリのブラッシュアップを進めている。

 もちろん、この手のサービスは「実際に人の手が入るからこそ効果や持続性が上がり、AIでは思ったほど成果が得られないのではないか」という考え方もある。その点については南野氏も認めた上で、「AIによるサービスは幅広いラインアップの一つ」と見込む。これまでのヘルスケアサービスは一部の人向けに提供されていたが、FiNCはほぼ全ての人が利用できるようなサービスを提供していきたいと考えており「AIのサービスは、健康になりたいと思った人が無料で始められるスタートポイントのようなイメージだ」(南野氏)とする。

 FiNCが強みとするのは、「FiNCダイエット家庭教師」などで蓄積してきたさまざまなデータ。日々の食事の写真やヘルスケアの会話データをセットで持っている企業はなかなか存在しないため、南野氏は「それをグローバルでどう生かすのか」が今後の課題だと語る。

 次に、回答したのはエルピクセルの豊則氏。同社は、ライフサイエンスの研究で蓄積した画像処理をコア技術として、AIの機械学習によるがんの画像解析などを手掛ける。この技術は、既存の機械学習による画像解析と比較して、コストを1/100に抑えられるのが特徴。現在の医療現場では「画像診断のデータが増える一方で、それにかかわる医師は逆に不足している」(豊則氏)という課題があるため、「画像解析技術による医師の診断支援を目指している」(同氏)。

 画像解析では「データの質」が非常に重要な要素となる。ただし、医療機関によって撮像条件や診断の質が異なるため、その点のノウハウを既に持っていることはエルピクセルの強みだという。さらに、ライフサイエンスの研究は医師と共通するバックグラウンドがあるため、「医師とスムーズに会話できることに加え、医師の要求などを見越して開発できる」という点も、他社にない優位性だと豊則氏は考える。

 パネル討論に先立つ基調講演で、人工知能エンジン「KIBIT(キビット)」について語ったFRONTEOの武田氏には、どんな領域を選んで事業化をしているのかについて根岸氏が聞いた。

 これに対して武田氏は、ヘルスケア領域に参入したポイントをいくつか挙げた。テキストデータに対する言語解析において、「KIBIT」の強みは少ない教師データで学習できる効率性。そのため、ヘルスケア領域のなかで「その強みを生かせる分野はどれか」(武田氏)を決めていくことが必要になる。さらに、「患者をはじめとして、最終的にメリットを受ける人がどれだけ多いか」を考慮していると武田氏は語る。

FRONTEOの武田氏
FRONTEOの武田氏
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 また医療業界全体を見てみると、少数のエキスパートがコストと手間をかけながら仕事に従事しているケースは意外と多い。その一方で、AI化などによる作業の効率化などはあまり進んでいない上に、さまざまな規制も多い。このような状況を踏まえて武田氏は、「こうした課題がある業界のほうが、AI化によるベネフィットは大きく、チャンスはある」と断言した。