人工知能(AI)が囲碁のトップ棋士に勝利――。今年3月に大きな話題となったニュースを筆頭に、様々な領域でAIに注目が集まっている。医療分野も例にもれず、今夏には東京大学医科学研究所で、AIの助言を受けて急性骨髄性白血病の患者の診断と治療方針を変更した結果、大きな治療効果が得られた事例が報告された。自治医科大学では、患者の症状から鑑別診断を提示し、診療を支援するシステム「ホワイト・ジャック」の開発が進んでいる。医師の専売特許だった診断の領域に、AIが大きく関わる時代がすぐそばまで来ている。

 「遺伝情報をはじめとして、医療に関する情報は莫大な量に達している。その量はすでに1人の医師が把握し、活用できる限界を超えている。大量の情報を学習し、用途に応じた解析を行う人工知能は今後の医療を大きく変える可能性を秘めている――」。こう展望を語るのは、東京大学医学研究所ヒトゲノム解析センター長の宮野悟氏だ。

「さらにデータの蓄積を重ね、ワトソンの診断の精度を向上させていきたい」と東京大学医学研究所の宮野悟氏は話す。
「さらにデータの蓄積を重ね、ワトソンの診断の精度を向上させていきたい」と東京大学医学研究所の宮野悟氏は話す。

 同センターでは、2015年7月に米IBMが開発したAI「Watson(ワトソン)」を導入し、血液腫瘍領域を中心とした2000万件以上の研究論文や1500万件を超える薬剤の特許情報を学習させ、患者の症状やゲノム情報から原因疾患と治療法を推論させるシステムを開発している。「今では患者の情報を入力すれば、10分ほどで根拠となる過去のデータとともに推論結果を示す」と宮野氏は説明する。

 このプロジェクトは早くも成果を上げ始めている。2種類の抗癌剤を用いて化学療法を半年続けていたが効果が得られず病状が悪化していた「急性骨髄性白血病」の患者の診療データから、ワトソンが臨床医とは異なる診断結果を提示。それを受けて医師が治療方針を変更したところ、治療効果が劇的に得られ、今では外来での治療に切り替えるほどに回復しているという。

 この研究では、データの蓄積を増やして診断の精度を上げるため、同研究所附属病院に血液疾患疑いで紹介された患者のゲノム情報を収集し、症状とともにワトソンに解析させて鑑別診断と治療に結びつける取り組みを続けている。先の事例のように、ワトソンによる助言を受けて医師が治療方針を変更した事例は、他にも複数あるという。