日本人における先天性難聴の原因遺伝子解析と、その臨床応用に取り組んできた信州大学医学部耳鼻咽喉科学教室。その成果は、先進医療の承認を経て、2012年度の診療報酬改定で、先天性難聴の遺伝学的検査に対する保険適応の実現に結びついた。従来、30%程度だった難聴遺伝子変異の検出率を50~60%に向上させるべく、次世代シーケンサーを用いて2600例を超える日本人難聴患者の遺伝子解析を行い、日本人難聴遺伝子変異の大規模統合型データベースをFileMakerで構築。扱いやすさというFileMakerのメリットを生かして、真の病的遺伝子変異の同定を加速し、さらなる臨床へのフィードバックに取り組んでいる。

先天性難聴の原因の半数以上が遺伝子に関係

 先天性難聴は、新出生児の1000人に1人に認められる比較的頻度の高い障害の1つである。信州大学医学部耳鼻咽喉科学教授の宇佐美真一氏によれば、その原因の半数以上(50~60%)に遺伝子が関係しているという。難聴の原因遺伝子は約100種類あると考えられており、種類によって遺伝形式や進行性などの特徴、めまいなど随伴症状の有無などが異なることが判明している。

信州大学医学部耳鼻咽喉科学教授の宇佐美真一氏
信州大学医学部耳鼻咽喉科学教授の宇佐美真一氏

 宇佐美氏らは、2000年頃から国内の医療機関など(当初は33施設)と共同で「難聴の遺伝子解析と臨床応用に関する研究」に取り組んできた。4000例を超える難聴患者の遺伝子解析を行って、難聴の原因遺伝子を特定するとともに、原因遺伝子ごとに症状が異なることを明らかにしてきた。2008年7月、その研究成果を基に「先天性難聴の遺伝子診断」が先進医療として認められ、有効性の高さが実証されたことから、2012年度の診療報酬改定で、先天性難聴の遺伝学的検査が保険収載された。

 遺伝子診断の主なメリットは、難聴の正確な障害部位が特定できること、難聴の進行や変動の予測ができること、めまいや糖尿病などの随伴症状が予測できること、そして難聴の程度やその進行性を把握できるので、治療法の選択に役立つことだという。

 「同定された原因遺伝子の変異があるかどうかは保険診療で実施されている遺伝学的検査で分かるので、どのタイプの難聴なのかを知ることができます。その結果、個々の患者さんに適した医療の提供が可能になります。例えば、同じ遺伝子でも変異する場所によって難聴の程度が異なります。軽度であれば補聴器、重度であれば人工内耳の適用を第1選択とするなど、治療法選択の情報として非常に有益です」(宇佐美氏)。

 難聴の治療法の1つである人工内耳は人工臓器の一種で、音の振動を聴覚神経に伝える仕組みである内耳の蝸牛に障害がある高度感音難聴の治療に用いられる。日本人の難聴患者に高頻度で見出されるGJB2遺伝子変異は高度感音難聴の原因の1つで、音を感じる内耳の働きが障害されることが知られており、人工内耳が有用とされている。日本耳鼻咽喉科学会も、2014年に改定された小児人工内耳適応基準の中で、適応の医学的条件の1つとして、難聴遺伝子変異を有することを組み込んだ。

 遺伝子診断は、治療法の選択や随伴症状を予測した治療計画の策定などのほか、難聴の予防にも役立つという。「ミトコンドリア遺伝子のタイプによっては、ストレプトマイシンやカナマイシンのような『アミノ配糖体系』と呼ばれる抗菌薬の投与によって、難聴が急激に進行することが知られています。そうした遺伝子変異が認められる患者さんは、アミノ配糖体系抗菌薬の投与を避けることで難聴を予防することができます」(宇佐美氏)とし、遺伝子を調べることにより、適切できめ細かな介入が可能になると話す。