電子カルテの選択肢として、「クラウド型」が存在感を高めている。従来の電子カルテと比べて導入費用は数分の一。インターネット接続環境さえあれば、Webブラウザーを使う感覚で、いつでもどこでもパソコンやタブレット端末でカルテを作成したり閲覧したりできる。診療所を中心に、ここ1~2年で採用が広がり始めている。

 「使ってみてダメなら、他のものに切り替えればいい。そんな気軽さで導入できる価格の安さが決め手だった」。

「世の中の多くのサービスがクラウド化する中で、電子カルテにも当然、クラウド化の流れが来ると考えてきた」と語る、とうきょうスカイツリー駅前内科の金子俊之氏。
「世の中の多くのサービスがクラウド化する中で、電子カルテにも当然、クラウド化の流れが来ると考えてきた」と語る、とうきょうスカイツリー駅前内科の金子俊之氏。

 とうきょうスカイツリー駅前内科院長の金子俊之氏は、2016年1月の開業時に導入した電子カルテについてこう話す。このカルテは、デジカル(東京都港区)が提供する「DigiKar(デジカル)」。最大のウリは価格の安さだ。

 診療報酬明細書(レセプト)を作成するレセプトコンピューター(レセコン)を同時に導入する場合でも、レセコンのハードウエアとソフトウエア一式の初期導入費用が78万円(税抜き)、1カ月当たりの利用料(月額)は1万6800円(税抜き)。従来の一般的なレセコン一体型電子カルテの初期導入費用が300万~500万円、保守費用が月額3万~5万円ほどであることを考えると、格段に安い。5年間使用した場合の合計費用は、従来の電子カルテの数分の一に抑えられる。

 DigiKarの安さの秘訣は、クラウド型の電子カルテであること。これまでのほとんどの電子カルテは、診療データを保存するサーバーを含めたシステム一式を院内に設置するタイプのものだった。これに対しクラウド型では、電子カルテの事業者(ベンダー)が提供する外部サーバー(これをクラウドと呼ぶ)にデータを保存し、医師はインターネット経由でカルテを作成したり閲覧したりする。院内にサーバーを置く必要がないので、導入費用や運用費用を大幅に抑えられるわけだ。電子カルテ本体のメンテナンスや障害対応もすべてベンダーが担うので、ユーザーである医師の手を煩わせることはない。

写真1 クラウド電子カルテ「DigiKar」の画面例(写真提供:デジカル) ※患者名などは架空のもの。写真2~4とも。
写真1 クラウド電子カルテ「DigiKar」の画面例(写真提供:デジカル) ※患者名などは架空のもの。写真2~4とも。
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 こうしたクラウド型の電子カルテ(クラウド電子カルテ)が、ここ1~2年で相次ぎ登場している。クラウド電子カルテでは、レセコンとして日本医師会ORCA管理機構の「日医標準レセプトソフト」(ORCA:オルカ)を用いることが多い。そのためのサーバーは院内に構築することから、初期費用として数十万円がかかるケースが多いが、それ以外の利用料は月額1万~3万円ほどで済む。

 クラウド電子カルテを導入するユーザーのうち、院内設置型の電子カルテからクラウド型に切り替えたケースは今のところ圧倒的に少ない。ほとんどが新規開業や、紙カルテ運用から新規に電子カルテに切り替える診療所だ。「開業には何かとお金がかかる。運転資金を少しでも多く確保したいので、初期投資はできるだけ抑えたい」(金子氏)と考える医師にとって、有力な選択肢に浮上してきた。特に、若い頃からインターネットに慣れ親しんだ30~40代の医師を中心に採用が広がっている。

 診療所における電子カルテの普及率は、現状で35%程度。大きな投資が必要なことが障壁の一つだった。クラウド電子カルテがもたらす「価格破壊」によって、普及に弾みが付く可能性が出てきた。

「クラウド電子カルテは、カルテ選択のあらゆる基準に照らして、従来型の電子カルテをしのぐようになってきた」と語る新六本木クリニックの来田誠氏。
「クラウド電子カルテは、カルテ選択のあらゆる基準に照らして、従来型の電子カルテをしのぐようになってきた」と語る新六本木クリニックの来田誠氏。

 心療内科や精神科、一般内科診療を行う新六本木クリニック院長の来田誠氏が2016年1月の開業時に導入したのもクラウド電子カルテだ。クリニカル・プラットフォーム(東京都千代田区)が提供する「Clipla(クリプラ)」である。ORCAの導入とセットアップのための初期費用が約40万~60万円で、月額利用料は2万9800円(税抜き)。「価格の低さはCliplaを選んだ大きな理由だった」と来田氏は話す。

 クラウド電子カルテについては従来、院外のサーバーを利用することに対して、セキュリティーの不安を指摘する声が少なくなかった。ところがここ1~2年で「クラウドだから不安だという声を聞くことは、非常に少なくなってきた。誰もが普段の生活の中でオンラインバンキングなどのクラウドサービスを、当たり前に利用している。そうした環境が、クラウドへの抵抗感を下げている」(クリニカル・プラットフォーム)という。医師からも「むしろ自院でデータを管理する方が不安だ。事業者がしっかり管理しているサーバーにデータを預けたほうが安心」(金子氏)という声が聞かれるようになってきた。

写真2 クラウド電子カルテ「Clipla」の画面例(写真提供:クリニカル・プラットフォーム)
写真2 クラウド電子カルテ「Clipla」の画面例(写真提供:クリニカル・プラットフォーム)
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 もちろん、インターネット回線を使う以上、懸念が完全に解消されたわけではなく、ベンダー側もセキュリティー対策には余念がない。医療情報の外部保存やインターネットを介したソフトウエア利用(ASPやSaaS)に関する規定、いわゆる「3省4ガイドライン」に準拠したセキュリティーや運用管理規定を基本とし、通信の暗号化や、電子カルテにアクセスする端末ごとにクライアント証明書をインストールし許可された端末からのみ接続できる仕組みなどを採用することで、安全性を高めている。

 ネットワークの通信障害が起きるリスクもあるが、タブレット端末を使い、LTEなどの携帯電話通信回線でインターネット接続を確保するといった方法で急場をしのぐ仕組みも用意されている。