生殖補助医療の業務支援、FileMakerとiPhoneでここまでできる!

診療支援、胚凍結と検体認証を一元化

2017/03/28 10:00
増田 克善=日経デジタルヘルス

 ダブルチェック体制と、卵子や精子、受精卵などの配偶子(検体)認証システムの導入により、胚培養士の心理的負担を軽減し、患者さんへ安心感を提供したい――。体外受精治療において、検体の取り違えはあってはならない。生殖補助医療専門クリニックのオガタファミリークリニックが開業に向けたシステム整備で最も重視したのが、検体の取り違えを防ぐ認証システムだ。プラットフォームとしたFileMakerとiPhone/iPod touchは、検体の個別認証や凍結管理をはじめ、生殖補助医療に関わる様々な業務支援に活用されている。

院長の緒方誠司氏

 2017年2月に開業したオガタファミリークリニックは、1万例以上の体外受精・胚移植(IVF-ET)の実績を積んだ院長の緒方誠司氏と、日本にはまだ少ない生殖補助医療管理胚培養士の資格を持つ副院長・培養部門部長の緒方洋美氏が立ち上げた高度生殖補助医療の専門クリニックである。「最新の生殖医学、遺伝医学をベースに、健康的な妊娠の成立をサポートする『ファミリープラン医療』の提供を目指しています。安心して治療に臨んでいただくためには、きちんとしたデータ管理に基づいたベストな治療計画と、十分な説明・カウンセリング、そして、プライバシー保全と安全管理の徹底が重要です。そのためには適切な情報システム化が欠かせません」(緒方院長)とし、ベンダー製システムとFileMakerを基盤とした独自開発のシステムを組み合わせたシステム環境を整備している。

 導入したシステムは、診療予約・受付・呼出システム(@link:オフショア)、医事会計システム(ORCA)、電子カルテシステム(RACCO:システムロード)、緒方院長自らが開発したFileMakerによる診療支援システム、そして検体認証・凍結管理システム「iSAM」(Infertility Specimen Authentication Management)だ。診療支援システムは、緒方院長がかつて勤務していた不妊治療専門クリニックで開発に携わったシステムをモデルとしている。そのルーツは、日本生殖医療システム研究会を立ち上げた林伸旨氏が院長を務める岡山二人クリニックのシステムである(関連記事)。

オガタファミリークリニックのシステム構成
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 「生殖補助医療では、採取した卵子、精子や、胚の培養・凍結・融解・移植に関わる膨大なデータを管理する必要があり、私が開発した診療支援システムが中核となっています。そして、胚凍結・検体の認証管理と診療支援システムとは密接な連携が必要なため、同じFileMakerプラットフォームで構築したいと考えました」(緒方院長)という。そこで、FileMakerシステム開発会社のパットシステムソリューションズに委託し、iSAMを開発した。

iPhoneをバーコードリーダーとして認証管理

 生殖補助医療向けの取り違え防止・保存管理システムは、ベンダー製のソリューションもあり、導入している施設は多い。通常は単独のシステムとして提供され、専用バーコードリーダーを使用しているため、導入費用も高額になるという。「iPhoneやiPod touchのカメラ機能はバーコードリーダーとしても非常に優れていて、配偶子への光の影響を避けられます。そこで、iOSデバイスで動作するアプリ、FileMaker Goを用い、iPhone/iPod touchをFileMakerで開発した診療支援システムのアクセス端末や胚画像の撮影・登録など様々な用途で使おうと考えました」(緒方院長)という。専用バーコードリーダーの光源用LEDは、配偶子などへの影響はほとんどないとされているものの、「できる限り安全な環境を」という考えからカメラ読み取りを選んだ。

副院長・培養部門部長の緒方洋美氏

 iSAMの仕様を決めたのは、培養部門部長の緒方副院長だ。そのコンセプトは、胚培養業務で起こってはいけない検体の取り違えを防ぐことと、不妊症治療に臨む人への安心感、信頼性の提供である。「培養室(ラボ)での業務は、必ず2人がペアを組み、指差し・声出しによるダブルチェックを行いますが、胚培養士の心理的負担は無視できません。iSAMの導入は、チェック業務のマンネリ化が招くリスクを減らし、胚培養士のストレスを軽減することと、治療を受ける方に配偶子を安心して預けてもらえるようにすることが狙いです」と緒方副院長は説明する。

 iSAMには受精卵の凍結管理機能が統合されている。近年、凍結技術が向上し、凍結した受精卵を子宮の環境がベストのときに融解・移植することで妊娠率が高くなることから、凍結、融解、移植という流れが一般化しているという。iSAMでは凍結用デバイス(クライオトップ)のバーコード認証とともに、保存タンク内の格納場所も管理できる仕組みを備えており、安全・安心な凍結胚移植をサポートする。

受精卵を取り扱う際には各種容器に貼付されたバーコードまたは二次元コードをiPhoneのカメラで撮影・認証する。
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所定の順序で認証しないと作業が進められない仕組みに

顕微授精(ICSI)の認証手順では、培養室FM画面で患者バーコードを読み取り、上から順にそれぞれの受精卵を入れたディッシュを認証する。認証の手順が違うとエラー表示され、先の手順に進めない。
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 iSAMの最大の特徴は、培養室の業務手順と認証プロセスをシステムで統合的に管理する方式を採用したことだ。受精卵を凍結する作業では、まず患者認証用のバーコードを読み取り、次に培養器から取り出した培養用ディッシュ(シャーレ)を認証する。さらに凍結準備用ディッシュを認証して凍結前処理を行い、認証したクライオトップに収納する。この、患者認証→培養用ディッシュ認証→凍結準備用ディッシュ認証→クライオトップ認証――という手順を正しい順序で行わないと認証エラーになり、作業を進められない。

 「胚培養士は手順を熟知していますが、認証の順序をiSAMがチェックすることで、より確実な作業工程を経るように工夫しました」(緒方副院長)と話す。認証作業がルーチン化すると、機械的にバーコードを読み取るだけになり、作業ミスを招く危険性がある。iSAMにはそうしたリスクを軽減するための仕組みが組み込まれているのだ。

 現在、認証メニューには、採卵(OPU)、人工授精、体外受精(IVF)、皮むき(顆粒膜細胞に包まれた卵子を裸化する)作業など、20種類の業務手順を網羅している。

業務手順を組み込んだ認証用の各種メニュー
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 また、iSAMには患者認証における工夫もある。手術室での採卵の際には患者のリストバンドで本人認証できるが、培養室の業務では直接本人を確認できるものがない。検体認証をシステム化している施設の多くでは、患者情報とバーコードをプリントした用紙が検体とともに培養室での作業中に回覧され、その用紙のバーコード読み取りをもって本人確認としている。iSAMでは手術室や培養室のiSAM端末(オペ室FM、培養室FMと呼ぶ)に、患者ファイルを基にした患者バーコードを表示でき、それを読み取ることで患者認証としている。検体とともに回される用紙をなくし、患者名の目視確認に頼らず、すべてバーコードで認証できる仕組みにすることで認証精度を高めている。

培養室内などでは、患者を認証するために患者リストから表示した画面上のバーコードを読み取る。
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 iSAM上では、誰が、いつ、どのような認証を行ったかという履歴が記録されている。「履歴をたどることで、どの作業でどのような手違いが起きたのかを検証できます。培養士の手順が悪かったために起きたエラーなのか、あるいは作業システムの根本的な欠陥によるものなのかが見えてきますので、後者であれば作業手順の見直しを図ります。また、胚培養士の作業の改善を図るためのデータとしても活用できます」(緒方副院長)という。

顕微画像撮影からスマートロックまで

 オガタファミリークリニックでは、手術室や培養室での認証作業だけでなく、培養胚の撮影・画像管理など、様々な用途にFileMaker GoとiPhone/iPod touchを活用している。受精操作を行った後、翌日(1日目)・3・5・6日目といったタイミングで培養中の受精卵を観察する必要があり、その際の顕微画像の撮影にiPhoneのカメラを利用する。iPhoneと顕微鏡をつなぐ光学アダプターと専用アプリを導入、シャッターボタンを押すことなく顕微鏡を覗きながらiPhone画面に掌をかざすだけで撮影できるので、手ぶれのない精細な画像を記録可能だ。

受精卵観察などの際の顕微画像の撮影は、顕微鏡にセットしたiPhoneで撮影。掌をかざすだけでシャッターが動作する。
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 胚培養士は、培養器から取り出した培養用ディッシュをiPhoneで認証し、同じiPhoneを顕微鏡にセットして胚画像を撮影、得られた画像を診療支援システムにアップロードする。同時に胚盤胞の評価データ(グレード)も診療支援システムに入力していく。「iPhoneを導入しようと考えた動機は、高性能のカメラ機能をバーコードリーダーだけでなく、こうした培養胚の画像撮影などにも使えるだろうと考えたからです」(緒方院長)とし、顕微鏡に取り付けるソリューションがないか調べてすぐに導入を決定したと話す。

 顕微鏡にセットしたiPhoneのカメラは、ビデオ撮影にも活用している。オガタファミリークリニックでは、受精作業をIVF用ワークステーション(二酸化炭素濃度が管理された準密閉の作業機器)内で行う際、顕微鏡を覗きながら行う胚培養士の手技をiPhoneのカメラでビデオ撮影し、アップル社のセットトップボックスであるApple TVを通してディスプレイに映像を流して、他の胚培養士が視聴できるようにした。手技を遠隔地の学会などに中継するライブデモンストレーションのようなもので、「経験豊富な胚培養士の手技を映像で参考にしながら勉強するために活用しようと考えました」。緒方院長は狙いをこう説明する。「顕微鏡用のビデオ撮影・表示機器は1セット100万円近くと高価なのに、画質は満足のいくものではありませんでした。Apple TVを使うとiPhoneを含めても10万円程度で高画質なビデオ撮影・表示ができます」という。

経験豊富な胚培養士の受精手技をiPhoneのカメラでビデオ撮影、Apple TV(IVF用ワークステーションの右上に置かれた黒い箱)を通してディスプレイに表示する。
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 さらに、iPhone(またはICカード)をドアのカギとして使うスマートロックも導入した。生殖補助医療を実施する施設の設備に関するガイドラインでは、培養室と凍結保存室は施錠を必須としている。オガタファミリークリニックの凍結保存室は培養室から出入りする構造なので、培養室を施錠し、厳格な入退室管理を行っている。その電子ロックのカギとしてiPhoneを使い、入退室管理を行っている。

培養室などの管理区域にはスマートロックを導入、iPhoneを解錠用のカギとしても使っている。
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 「取り違え防止認証システムやスマートロック、アラートがiPhoneにメールされる24時間培養器監視システムなど、様々な仕組みの導入は、安心して治療を受けていただくためのこだわりです」という緒方院長。その実現の一端を担っているのが、FileMakerを基盤とするシステムと様々な業務で多用途に使われるiPhoneなどのスマートデバイスだ。

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クリニック概要

名称:オガタファミリークリニック
所在地:兵庫県芦屋市松ノ内町2-3 エウルビル2F・3F
開院:2017年2月
Webサイト:http://www.ogatafamilyclinic.com/
主要導入システム:ファイルメーカー社「FileMaker Pro、FileMaker Server、FileMaker Go」、アップル社「iPhone、iPod touch、iPad、Apple TV」他