「試験や大事なプレゼンの前になると決まってお腹が痛くなり、全力を出せない」「通勤途中でしばしば腹痛に襲われ、トイレに駆け込む」――。過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)と呼ばれる、そんな症状に悩む人が少なくない。ストレスなどによって腸の活動に異常をきたし、週に1回以上といった頻度で腹痛や下痢、便秘などの症状が現れる疾患だ。「日本人成人の10~15%がIBSを患っているとされる。頻度が高い割に、社会的認知度は必ずしも高くない」と東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 教授の福土審氏は話す。国内の推定患者数は約800万人で、若い成人や10代の患者が多く、男女差はほぼ見られない。

研究を主導する東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 助教の田中由佳里氏
研究を主導する東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 助教の田中由佳里氏
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 IBSは、症状の度合いによっては生活の質を大きく損なうものの、血液検査や内視鏡検査、X線CT検査などを受けても基本的に「異常なし」と診断されてしまう。腹痛などの症状が突発的に起こるため、症状が起きている間に医療機関を受診することも難しい。診断は問診に頼っており、専門医でないと診断が難しい場合もあるという。そもそも「便を漏らしてしまうなどの症状があっても、患者にとって排便に関する悩みは主治医にすら言えないことが多い」(東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 助教で総合内科・消化器病専門医の田中由佳里氏)。

 こうした状況から、IBSに対する有効な治療薬が登場している一方で、早期の発見や治療が依然として難しい状況にある。腹痛や下痢などの症状がどのようにして起こるのか、そのメカニズムも詳しくわかっていない。

 ならば、iPhoneという身近なツールをこのIBSの早期発見や実態解明につなげられないか。東北大学の福土氏と田中氏らの研究グループは2018年1月、そんな試みに着手した。東北大学大学院情報科学研究科 生命情報システム科学分野(兼東北メディカル・メガバンク機構)教授の木下賢吾氏、同大学院生の加賀谷祐輝氏らと共同で、IBSによる自律神経活動の変化を調べるiPhoneアプリ「おなかナビ」を開発。1月26日に同アプリを公開し、これを使った臨床研究を始めた。

 おなかナビは、米Apple社の医学研究用オープンソースフレームワーク「Apple ResearchKit」を用いて開発したもの。東京都以外にある国内の大学・病院がResearchKitを用いた臨床研究を行うのはこれが初めてだ。