藤崎電機(徳島県阿南市)グループは、電気設備関連などを祖業とし、現在は幅広く再生可能エネルギーに取り組んでいる。九州最大となる出力100MW近くのメガソーラー(大規模太陽光発電所)、竹を燃料に使うバイオマス発電といった、大規模なプロジェクトや先進的な技術への取り組みにも積極的である。藤崎耕治社長に、再エネ関連の取り組みの経緯や現状、今後の方針などを聞いた。

――再エネ関連事業は、藤崎社長自身が牽引してきたと聞いています。積極的に取り組むことになった経緯を教えてください。

藤崎電機の藤崎耕治社長
藤崎電機の藤崎耕治社長
(撮影:日経BP)

 藤崎電機に入社する以前の米国留学時代に起点があります。当時は、総合建設企業(ゼネコン)の大林組で技術職を務めていて、1990年にマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学しました。

 この留学が、今後の人口増減や気象変動といった地球規模の課題に対して、危機感を肌身で感じる契機となりました。それまでは漠然とした意識に過ぎませんでした。

 実はこの留学が縁となり、人生の転機にもつながりました。藤崎電機の創業者である藤崎稔の長女と縁が深まり、その後、結婚することになったのです。

 留学の後、ゼネコンでは、二つの大きなプロジェクトを完了しました。世の中の役に立つインフラ構築に寄与したい、という技術者としての目標に対して達成感を得られ、一区切りがついたと感じていました。

 さらに、藤崎稔・創業者の先進的な考えに基づく経営に、魅力を感じ始めていました。藤崎電機では、より有意義で、大きな課題の解決に寄与できると考えるようになりました。こうしたことが重なって、藤崎家に入り、1997年に藤崎電機に入社しました。

 藤崎電機での最初の仕事は、本社の新たな建屋の建設を任されたことでした。この新本社には、太陽光発電システムを導入しました。検証も兼ねて設置したもので、その後、太陽光発電関連で事業化できたらと考えていました。留学時代に強く感じた危機感に対する答えを、事業として実現できる機会となります。

 当時の再エネは、事業化が難しい状況でした。藤崎電機の場合、その後、四国の小中学校において「エコスクール」(環境に考慮した学校施設)の取り組みが進み、太陽光発電システムが導入されていったことで、再エネ関連の売り上げが増えていきました。四国のエコスクールの取り組みのうち、約3分の1を藤崎電機が手がけることになりました。

 固定価格買取制度(FIT)に基づく発電事業やEPC(設計・調達・施工)サービス、O&M(運用・保守)などは、100%子会社のガイアパワー(阿南市)が手がけています。FITの施行前年の2011年に設立しました。

 ガイアパワーは当初、1期目となる2012年9月期の売上高が約10億円、2013年9月期は約50億円、2014年9月期は約100億円を見込んでいました。

 実際には、2012年9月期の売上高は約5億円、2013年9月期は約10億円、2014年9月期は約40億円に留まりました。2018年9月期は約60億円、2019年9月期は約100億円と、当初の目論見よりも事業規模の拡大に時間を要しています。