物理世界の事象をデジタル空間に精緻に、“そっくりそのまま双子のように再現する”。こうした考えに基づく「デジタルツイン」の概念が、製造業を中心に、じわじわと広がり始めている。デジタル空間上で現実世界を再現すれば、過去に起こったことを厳密に再現したり、実環境では困難を伴うさまざまなシーンを容易にシミュレーションしたりできることになる。

 例えば製造業での用途は、生産性向上や品質改善など。これまで言語化できていなかったノウハウを、人工知能(AI)などを駆使して可視化することで、熟練工が持つ匠の技をデジタル化することもできると期待されている。射出成型のプロセスにおいて熟練工が経験と勘に基づいて、サーマルビデオを見ながら温度の変化を読み取ってきた作業を、データ分析に基づいて経験の浅い担当者でも担当できるようにするといった具合だ。そうした環境づくりの機運が高まると同時に、実現するためのツールがそろってきている。

ツールの代表例は、東芝が2016年4月から販売している「ものづくり情報プラットフォーム Meister DigitalTwin」。最近では、米オラクルがIoT(Internet of Things)のSaaS(Software as a Service)である「Oracle IoT Cloud Applications」にデジタルツインの支援機能を取り込んだ。ほかに、製品名やサービス名にデジタルツインと明記していないものの、日立製作所のIoTプラットフォーム「Lumada」、富士通の生産現場向けツール「FUJITSU Manufacturing Industry Solution VPS(Virtual Product and Process Simulator)」などにも、デジタルツインの概念は含まれている。

時系列データに基づいて双子を再現

 何かの動作をデジタル空間でシミュレートするという考え方そのものは決して新しいものではない。例えばCADなどで作成された3Dデータを基にデジタル上に試作品を登場させ、デザインなどのチェックを行うDMU(Digital Mock-Up)は、デザインの世界ではよく使われている。その3Dデータを基にバーチャル環境でテストを行うCAE(Computer Aided Engineering)などにも、デジタル空間に現実世界の製品を再現させるという考え方は用いられてきた。

 デジタルツインと従来のシミュレーションとの違いは、IoTを活用することで、状態や環境を時系列で捉え、それをシミュレーションに反映できること。加えて、AIを利用することで、その再現性を可能な限り高めることにある。製造現場内の工作機械や開発対象そのものにセンサーを取り付け、常に最新の情報を取得。このデータを基にAIを用いてその変化を解析、推測する。

デジタルツインの始まりは、2011年ごろにNASA(米航空宇宙局)の論文に登場したものだった。その目的は、宇宙探査機などの稼働期間を最大化するべく、これまで記録したデータに基づいて機体の劣化状態を的確に把握し、補修のタイミングなどを効率的にシミュレートすることにあった。仮想空間上に現実世界を再現することで、従来のシミュレーションで行われてきた忠実な再現力を、さらに高度なレベルに高めることを目指したわけだ。ただし、IoTやAIなどは現在ほど大きな潮流とはなっておらず、あくまで宇宙探査機や航空機など特定分野のものが中心だった。

その後、IoTをはじめとしたセンシング技術の広がりによって、デジタルツインはさまざまな分野への可能性を秘めた概念へと進化していった。その概念をものづくりの分野にいち早く取り入れたのが、米ゼネラル・エレクトリック(GE)である。

デジタルツインは、同社が推進する「Industrial Internet」における中核技術の一つに位置付けられ、使用頻度やセンサーなどの情報を基に航空機エンジンや風力発電用タービンのメンテナンス時期を的確に見極める目的で利用されている。また、製造現場内の工程管理にも同様の技術が応用されており、製造現場内に設置されたさまざまな機械に取り付けられたセンサーから得られる情報から、部品の最適な交換時期を割り出し、歩留まりを高めるための工程最適化に向けたシミュレーションを実施している。