クラウド・コンピューティングによる大規模な計算力や、3Dプリンターによるものの造り方の変化を背景に、新しい設計の考え方が広がり始めている。設計上どのような仕様を満たすべきか指定すれば、具体的にどう実現するかはコンピューターが考える「コンピュテーショナル・デザイン」だ(日経ものづくり2016年5月号に関連記事)。試行錯誤をコンピューターに任せることにより、設計についての考え方や設計者の仕事の内容が大きく変わっていく可能性が見えてきている。

多目的設計探査とジェネレーティブ・デザインに注目

 現在、コンピュテーショナル・デザインの例として挙げられるのは、相反する条件を両立する設計解を見つけるための多目的設計探査や、生物の進化を模倣して設計案をブラッシュアップしていくジェネレーティブ・デザインなど。今後は人工知能(AI)の応用も考えられる。

 多目的設計探査は、2016年5月に開催された「HPCI戦略プログラム 分野4 次世代ものづくり」のシンポジウムにおいて、「京」コンピューターを活用した実証例が多数報告された。例えば横浜ゴムは、タイヤにフィンを付けることでタイヤ周りの空気流を変え、車体全体の空気抵抗を低減する「エアロダイナミクスタイヤ」の事例を発表(図1)。1回当たり64ノード(512並列)で平均300時間という大規模な流体解析計算を何回も実行し、車体空気抵抗を低減すると同時にリフト(浮き上がり)も抑える設計案を見つけた。

図1 横浜ゴムの「エアロダイナミクスタイヤ」
図1 横浜ゴムの「エアロダイナミクスタイヤ」
フィンでタイヤの空気流を変え、車体全体の抵抗を低減する。「京」コンピューターでの100万ノード時間の計算で、フィンの配置をブラッシュアップできる設計案を見つけた。
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 マツダは、同シンポジウムにおいて「CX- 5」「アテンザ」「アクセラ」を題材に、車体構造部品の板厚の共通化と軽量化の両立を図る多目的設計探査について発表した。1車種当たり74部品、合計222部品の板厚を、なるべく多くの部品について車種間で共通化する目的。設計案を生成して、所定の衝突安全性や静音性を確保しているかどうかを解析計算で検証する計算を進めた。「京」では1設計案について4種の衝突解析計算を実行、1360設計案×4衝突形態×3車種で525万ノード時間を使った。その結果、合計質量を約35㎏低減できる設計案を発見した。

 両社は、数年後には京と同等性能のコンピューターを企業が自由に利用可能になると見て、その準備という位置付けも含めてHPCI戦略プログラムに参加。これほどの大規模計算ではなくても、両社とも多目的設計探査について独自の取り組みを進めている。例えば横浜ゴムは、タイヤの材料開発にも多目的設計探査を応用している。ゴム(ポリマー)にカーボンブラックやシリカといったフィラーを混ぜる際、成分が同じでも混ぜ方の違いによって力学特性が変わる。7つのパラメーターで混ぜ方を制御しつつ3つの方向、すなわち「粘性を減らす」「弾性を一定に保って下げない」「応力を分散させてどこでもなるべく一定にする」という条件を最適化できる案を探査する。1000×1000×1000の立体的マス目、すなわち10億個ものボクセルによって構成するモデルを数千ケースにわたって計算する。

 ジェネレーティブ・デザインの利用も始まっている。Autodesk社は、生物の細胞構造や骨の成長過程を模したアルゴリズムを形状生成に利用する技術を開発、これをAirbus社が採用した。金属3Dプリンターで製造する旅客機室内の仕切り壁(パーティション)の設計に応用した(図2)。

図2 Airbus社による航空機客室のパーティション(仕切り壁)
図2 Airbus社による航空機客室のパーティション(仕切り壁)
米Autodesk社が開発した、生物の細胞構造や骨の成長過程を模したアルゴリズムを利用して設計。従来の設計よりも45%(30kg)軽量化できた。
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