本記事は、情報処理学会発行の学会誌『情報処理』Vol.57, No.6に掲載されたものの抜粋です。特集「音楽を軸に拡がる情報科学」内に掲載されました。この記事の残りを含む全文を閲覧するには情報処理学会の会員登録が必要です。会員登録や全文の閲覧に関してはこちらから(情報処理学会のホームページへのリンク)。

脳科学と情報科学:2つの接点

 どれほど刺激的な音楽も、物理的には単なる空気の振動に過ぎない。私たちの脳はその単なる振動を処理して、豊かな経験をもたらしてくれる。その過程で私たちの脳はどのように活動しているのだろうか。また、その情報処理過程はどのように理解できるのだろうか。

 この世に数多いる動物の中で、ヒトが最も豊かな音楽文化を擁しているのは間違いないだろう。音楽と脳の関係を研究するなら、本当はヒトの脳活動を詳細に調べるのが一番に違いない。しかしヒト神経細胞の直接記録は容易でなく、音楽との関係がよく分かっているとは言いがたい。ヒトで比較的信頼性が高く計測しやすいのは神経集団の活動と相関する血流量を観測する手法(fMRI)で、その信号はミリメートルオーダーの空間解像度と秒オーダーの時間解像度のマクロな信号である。一方、動物を対象とすればミクロスケールの神経活動を計測できる。しかし、彼ら彼女たちにとっての音楽とはいったい何かという別の問題が発生してしまう。実際にはヒトや動物それぞれで研究が行われており、相互に補完している。

 そのような脳研究において、情報科学はいまや欠かせない存在だ。その役割を分類すると、次の2種類に大きく分けられるだろう。

 1.脳活動の解析
 2.脳活動の理解(情報処理モデル)

 本稿ではこの2つの観点から、行列分解やスパースコーディング、深層学習(Deep Learning)といった情報科学的手法が脳研究に近年使われている例を解説する。音楽そのものに対するヒトの脳活動に加えて、音楽を構成する要素であるピッチがサルの脳でどのように形成されるのか、さらに聴覚に限らない広い脳の理解との関連にも触れる。