本記事は、情報処理学会発行の学会誌『情報処理』Vol.57, No.5に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには情報処理学会の会員登録が必要です。会員登録や全文の閲覧に関してはこちらから(情報処理学会のホームページへのリンク)

LIGO による重力波の初検出

 日本時間2015年9月14日18時50分45秒~46秒、米国HanfordとLivingstonにそれぞれ1 台ずつ、計2 台のレーザ干渉計からなるadvanced Laser Interferometer Gravitational wave Observatory(aLIGO) がブラックホール(Black Hole, BH)連星合体現象からの重力波信号(GW150914と呼称)を記録した※1。高速解析パイプラインであるcoherent Wave Burst(cWB)が3分以内に信号を抽出、Wisconsin-Milwaukee 大学にサーバがあるデータベースGravitational Wave Candidate Event Database (GraceDb)※2に登録した。GraceDb はLIGO の研究者(LIGO Scientific Collaboration, LSC)に信号検出速報を出し、その日のうちに彼らは、Albert Einstein がその存在を予言してから100年目にして、人類が初めて重力波信号を直接検出したことを知ることになった※3

※1 電荷を持った物体が加速度運動すると電磁波を放射するように、質量を持った物体が加速度運動すると、これに伴う重力場の時間変動は重力波として光速以下で伝わる。ただし、重力相互作用はとても弱いので、検出できるほどの重力波が放射されるのは、天体が光速に近い速度で運動をしているようなときである。1974年の連星パルサーPSR 1913+16の発見は、重力波の存在の間接的な証明につながり、発見者のHulseとTaylorにはノーベル物理学賞(1993年)が授与された。電波・X線天文学など観測手段の多様化が20世紀の天文学の爆発的な発展を引き起こしたことを思い出せば、今回の発見によって我々が宇宙の新しい観測手段を手に入れた興奮を共有してもらえるだろう。

※2 MySQL を利用し、Web インタフェースを備える。一般公開はされていない。

※3 物理的意義については日本物理学会誌2016年4月号に掲載された中村氏と田越氏の解説や、LIGO Open Science Center(https://losc.ligo.org/about/)などを参照。ただしあまりにもきれいな信号であったため、筆者の1 人であるCannon は最初、人為的にテストのために入れた偽の信号だと疑っていた。なぜ疑うのか、Harry Collinsの" Gravity's Ghost and Big Dog" を一読されたい。

 このとき、速報システムの存在は本質的であった。実は公式の観測は2015年9月19日0時(日本時間)開始であって、信号検出時、検出器はエンジニアリングランと呼ばれる試験観測を行っていたのだ※4。速報がなければ研究者たちは最後の調整に勤しみ、検出器の構成や設定を変えてしまっていた可能性がある。実験装置の状況が変わってしまえば、ノイズ特性の研究を行えず、たとえば信号の偽検出率※5を求めることはできなかった。速報システムが有効に働いたため、研究者たちは検出時点での装置の設定・構成を詳細に記述、設定パネル・コネクタなどの写真約500枚を撮って、その後約1 カ月間ほど同一構成・設定のまま、検出器を運用することができた。

※4 試験観測とはいえ,サイエンスに⾜る質のデータである.ただし,エンジニアリングランであったことから,GraceDb から電磁波観測網への通報は当⽇マニュアルで⾏われた.詳細は省くが,電磁波との同時観測は重⼒波源の物理を探る上できわめて重要である。

※5 ノイズを誤って信号として検出してしまう確率のこと。

 cWB は本質的に時間・周波数領域に局在する飛び値を検出するため、連星合体、超新星爆発や、未知の重力波源を探索できるなど、汎用性が高い※6。一方で、検出した信号の解釈にはなんらかのモデルが必要である。また検出効率の点でも、連星合体に特化すれば、信号対雑音比を最大化するという意味で最適な線形フィルタであるマッチドフィルタを使うことができる。LSC のgstlal※7、pycbc※8といった解析パイプラインは、モデルを連星合体現象に限定してマッチドフィルタを使うことによって、BH の質量、自転、到来方向などの情報をさらに正確に決定できる。信号到来時はBH 探査を行っていなかったが、これらのパイプラインは2 日後にGW150914がBH連星合体からの信号であることを確認した。特に、GStreamer ※9を利用したgstlal は高速解析パイプラインであり、信号到達から50 秒以内にGraceDb に速報を出すことができる。

※6 wavelet の一種であるWilson-Daubechies-Meyler 変換を使い、wavelet の係数を調整することによってBH 連星合体にも対応できるようにしている。一般相対論を仮定した精密な理論波形を利用するわけではないので重力波源の方向決定精度など、 パラメータ決定精度は低い。

※7 https://wiki.ligo.org/DASWG/GstLAL

※8 http://ligo-cbc.github.io/pycbc/latest/html/

※9 https://gstreamer.freedesktop.org GStreamerはオープンソースのオーディオ・ビデオストリーミングライブラリ。