東京五輪の目的や新国立競技場の位置付けを明確にすれば、国民も新国立競技場の建設に前向きな関心を寄せるのではないか――。2012年に開催されたロンドン五輪で、五輪後の会場の活用方法を考える「レガシーマスタープラン」の作成や競技場施設の設計・監理などに携わった山嵜一也氏はこう主張する。ロンドン五輪での経験から、新たに建造する建物というハードではなく、五輪で行われる競技というソフトを見せることの重要性を説く。(インタビューは9月15日に実施)
山嵜一也(やまざき・かずや)
1974年東京都生まれ。芝浦工業大学大学院修士課程修了。レーモンド設計事務所を経て2001年に渡英し、建築設計事務所4社に勤務。03~12年に勤務したアライズ アンド モリソン アーキテクツ勤務時に、ロンドン五輪・パラリンピックの招致マスタープラン、レガシーマスタープランに関わり、グリニッヂ公園馬術競技上の設計・監理を担当。13年に帰国。東京を拠点に設計活動と共にロンドン五輪での経験を伝えている。
――2012年に開催されたロンドン五輪の施設設計などにいつから関わったのか。
山嵜一也氏(以下、山嵜):03年から五輪後の会場の活用方法を考える「レガシーマスタープラン」の作成や、グリジッヂ馬術・近代五種競技施設の設計・監理を担当した。グリニッヂ馬術競技施設は、世界遺産にも指定されているグリニッヂ天文台王立公園に、2万人を収容する仮設競技場と、敷地全体にクロスカントリーコースを設ける計画だった。
――ロンドン五輪の施設の設計・監理に関わって、どのようなことを感じたか。
山嵜:五輪運営側が何を目的としているかを実感できた。具体的に言えば、ロンドンという街を五輪を通して世界中に魅力的に見せることだ。
――どんなことから伝わってきたのか。
山嵜:例えば、グリニッヂ馬術競技施設からの眺望だ。ロンドン市の中心街を一望できる高台にあるので施設に訪れた人や、馬術競技の中継をテレビやインターネット上で見た人は、新金融街の超高層ビル群を目にする。施設内を走る馬は、あたかもその超高層ビルに向かってジャンプするかのようにさえ見えた。
施設の躯体は単管鉄パイプによる仮設だ。その構造体にピンクや紫色のシートを部分的に被せている。原状回復が条件だからだ。完成直後はやはり、「本当にこんな建物でいいのか」と心配になった。しかし五輪が開催されて運営側の意図を理解できた。そこで開催されるイベントをどのように見せるかが最重要なのだ。ロンドンという都市を借景にして貧相に見えない工夫を凝らしていた。
マラソンコースはその典型例だ。ロンドン市の中心部を3周するというコースだった。選手は3回も同じ光景を繰り返し見るのだから、考えようによっては無理のあるコースだ。 しかし、歴史的遺産であるバッキンガム宮殿やビッグベンが、会場の巨大スクリーンやテレビの画面に何度も映し出される。ロンドンという街の魅力を全世界に発信することになる。
こうした映像を目にしたロンドン市民は、五輪全体を通して「新たに建造する建物というハードではなく、ロンドン五輪で行われる競技というソフトを見せる」というメッセージを汲み取った。そして五輪後は、開催されたイベントや競技の記憶がその施設に宿ることで、人々の記憶に刻まれる建物が完成する。
仮設とはいえ建設費は決して安くはない。しかし五輪後は撤去し、維持費の負担を後世に残さないという意思も読める。こうした運営側の姿勢がロンドン五輪を成功に導いたのだと思う。