スポーツ選手・指導者・研究者など、様々なバックグランドを持つ人たちがスポーツを独自の視点で語るカンファレンス「A.L.E.14(エイル・フォーティーン)」が、2016年11月30日に東京・恵比寿で開催された。同年8月31日の第1回に次ぐ、2回目の開催である。

 「ボールの“キレ”とはいったい何か?」「ゴルフのボールは止まっているのに、なぜうまく打てないのか?」――。誰もが抱くスポーツ界の普遍的な疑問について、2人の体育学博士が科学的な見地からプレゼンした。

国学院大学人間開発学部健康体育学科 助教の神事努氏。1979年生まれ。バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院で博士号を取得。2007年から国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員。2015年4月から現職
国学院大学人間開発学部健康体育学科 助教の神事努氏。1979年生まれ。バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院で博士号を取得。2007年から国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員。2015年4月から現職
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 野球のボールのキレについて講演したのは、国学院大学人間開発学部健康体育学科 助教の神事努氏、ゴルフについて講演したのはPGA(日本プロゴルフ協会)のA級ティーチングプロの安藤秀氏である。司会はサッカー解説者の中西哲生氏が務めた。

 神事氏は講演の冒頭、「キレの正体を理解するには、『予測』『錯視』『ギャップ』について知る必要がある」と話した。

 バッティングの練習ではコーチからよく「ボールから目を離すな」と言われる。ピッチャーが投じたボールをあの細いバットで正確にはじき返すためには、ボールから目が離れると精度が落ちるからだ。

 しかし、科学的検証から「ボールから全く目を離さないことは不可能で、実際にはホームベースの約2m手前でボールを見失っている」(同氏)という。人間が眼球と頭を動かしてボールを追うときのスピード(1秒当たりの角度)は毎秒200°が肉体的な限界であるのに対し、例えば時速160kmのボールを追い続けるには毎秒1000°のスピードが必要という。打者のスローモーション映像でボールをインパクトの瞬間まで見ているように見えても、実際には「見ていない」のだという。

 加えて、打者は非常に短時間の間に、打つかどうかの判断をし、スイングをしてバットに当てるという複雑な作業をしている。通常、ピッチャーが投げたボールがホームベースに到達するまでには0.45秒かかる。一方、打者はボールを「打つ」と決めた場合、脳から筋肉への指令に0.1秒、バットスイングに0.16秒、つまりスイングの決定からインパクトまでに合計0.26秒の時間を要する。

打者はボールを「打つ」と決めた場合、脳から筋肉への指令に0.1秒、バットスイングに0.16秒、つまりスイングの決定からインパクトまでに合計の0.26秒の時間が必要。短時間に複雑なことをしている
打者はボールを「打つ」と決めた場合、脳から筋肉への指令に0.1秒、バットスイングに0.16秒、つまりスイングの決定からインパクトまでに合計の0.26秒の時間が必要。短時間に複雑なことをしている
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   打撃という“作業”自体が複雑なうえ、約2m手前でボールは見えなくなる――。では、なぜプロの打者は高速かつ激しく変化するピッチャーのボールを打てるのか。それは、練習という経験で積み重ねた予測があるからだ。「予測プログラムによって人間の動きの限界を補っている」(神事氏)。

予測プログラムを狂わす

 一方、ピッチャーは錯視、つまり「目の錯覚」をうまく使えるかが重要になる。

 国学院大学の神事努氏は、日本スポーツアナリスト協会が2016年12月17日に開催するイベント「SAJ(スポーツアナリティクスジャパン)2016」(場所:日本科学未来館)で、「テクノロジー最前線~トラッキングデータの活用~」と題した講演をする予定