初代iPhoneの登場から約10年。国内でも普及率が約7割に達したとされるスマートフォン(スマホ)は、かつて日本の電機メーカーの“最後の砦(とりで)”とも言われたデジタルカメラ事業に大打撃を与えた。

 カメラ映像機器工業会(CIPA)の調べによると、2015年のレンズ一体型デジカメ(コンパクトデジカメ)の世界市場は、出荷台数ベースで前年比約25%減と大きく落ち込んだ。

 スマホに市場が侵食されているのはデジカメだけではない。動画撮影機器、つまりデジタルビデオカメラも大苦戦している。国内の家電量販店の実売データを集計している「BCNランキング」(BCN)によると、デジタルビデオカメラの年間販売台数は2012年をピークに、2015年はそれに対して4割減と急速な勢いで市場が縮小している。

ソリューションビジネスへの大胆な転換

 もはや単価が下がりすぎてハードウエア単体では利益を追求できない――。

 ソニー、パナソニックとともにビデオカメラ市場をけん引してきたJVCケンウッドも、本業の窮地に頭を痛めている。

 同社は2015年5月、中長期経営計画「2020年ビジョン」を発表した。この中で、2020年度に向けてこれまでのハードウエアの販売からサービス・ソリューションの提供を中心とする「顧客価値創造企業」への転換を表明。その一貫として「JVC×Sports」というキーワードを掲げて、スポーツ事業に力を入れている。

 ポイントは、自社で培ってきた映像技術を生かして“スマホじゃできない”ソリューションを開発する点にある。

 最近ではスマホの動画撮影機能もスローモーション再生に対応するなど高度化しており、スポーツの現場でフォームのチェックなどに使われることも多い。簡単で追加コストが不要なのも大きなメリットだ。

 半面、“かゆい所に手が届かない”ことも多い。JVCケンウッドは自前の映像技術を活用し、スポーツの現場の細かい要望に応えるソリューションに活路を見いだそうとしている。

図1 コーチングカメラソリューション用の高速カメラ「GC-LJ25B」。最大で600fpsに対応。カメラの上部に付いているのが無線ユニット。無線ユニットはスポーツセンシングの開発品。再生アプリは無線/iPadパッケージがスポーツセンシング、有線パッケージがJVCケンウッドが開発。なお、スポーツセンシングも同様の製品を「スポーツコーチングカム」(型番は「GC-LJ20B」)という名称で販売中(写真:JVCケンウッド)
図1 コーチングカメラソリューション用の高速カメラ「GC-LJ25B」。最大で600fpsに対応。カメラの上部に付いているのが無線ユニット。無線ユニットはスポーツセンシングの開発品。再生アプリは無線/iPadパッケージがスポーツセンシング、有線パッケージがJVCケンウッドが開発。なお、スポーツセンシングも同様の製品を「スポーツコーチングカム」(型番は「GC-LJ20B」)という名称で販売中(写真:JVCケンウッド)
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 同社がこれまでに投入したサービスは3つ。「コーチングカメラソリューション」「遅延システム」「スコア重畳システム」である。このうち、既に正式販売しているのが「コーチングカメラソリューション」である。

 ただ、スポーツに特化した製品開発においてはある意味“門外漢”だったJVCケンウッドが、ここまで短期間に単独で複数のソリューションを開発できたわけではない。背景には、センサーや無線技術を有し、スポーツに特化した製品開発の実績がある福岡市のベンチャー企業、スポーツセンシングとの協業がある。

 スポーツセンシングは2009年ごろからセンサーを活用した製品を開発し、300を超えるスポーツ関係の大学・研究機関などに販売。スポーツ競技団体とのネットワークを構築してきた。それを通じて、「スポーツの現場にセンサー製品を納入するにはビデオカメラの技術が必要なことを知った」(社長の澤田泰輔氏)という。

 そこでコーチングカメラソリューションについては、澤田氏が温めていた「タギング(タグ挿入)」などのアイデアをJVCケンウッドに持ち込み、同社がその機能をビデオカメラに実装した。遅延システムも現場からの案件をJVCケンウッドに相談し、同社が製品に仕上げたという。

タギングで必要なシーンのみ抽出

 トップアスリートの世界では、試合やトレーニング時の映像を撮影して分析するのはもはや“常識”。ところが、複数のカメラを使って多視点でフォームを分析したり、チェックしたいシーンだけを素早く抽出したりするのを、簡単にできるシステムは存在しないという。コーチングカメラソリューションは、こんな現場の悩みに応える(図1)。

 最高で600fps(フレーム/秒)に対応する高速カメラを遠隔から無線で制御して、多視点で選手の動きを撮影する。撮影中にパソコンのアプリ上で「タギング」することで、映像から必要なシーンのみを抽出して再生できる(図2)。

図2 システム構成。パソコンから無線(スポーツセンシング独自規格)で複数台のカメラを制御。撮影した映像をパソコンに取り込んで、タグ付けしたシーンを再生する。カメラは通常50m離れていても制御できる。価格はカメラ1台と無線ユニット、専用アプリ付きで35万円。発売は2015年8月末(図:JVCケンウッド)
図2 システム構成。パソコンから無線(スポーツセンシング独自規格)で複数台のカメラを制御。撮影した映像をパソコンに取り込んで、タグ付けしたシーンを再生する。カメラは通常50m離れていても制御できる。価格はカメラ1台と無線ユニット、専用アプリ付きで35万円。発売は2015年8月末(図:JVCケンウッド)
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 例えば、図3のように陸上選手を前方と横に設置した2台のカメラで撮影し、ハードルを飛び越える瞬間だけを切り出して2つの映像を並べて再生。フォームを見比べながらチェックできる。このアプリはスポーツセンシングが開発した(後述のiPadパッケージのアプリも同じ)。

図3 複数のカメラで撮影した映像をアプリで同期再生しているところ。選手のフォームを多視点で分析できる。有線パッケージ用アプリの場合はコマ送り/再生ズーム/4画面同時再生に対応。ただし、現段階では正式に販売しておらず、案件ごとに対応しているという(図:JVCケンウッド)
図3 複数のカメラで撮影した映像をアプリで同期再生しているところ。選手のフォームを多視点で分析できる。有線パッケージ用アプリの場合はコマ送り/再生ズーム/4画面同時再生に対応。ただし、現段階では正式に販売しておらず、案件ごとに対応しているという(図:JVCケンウッド)
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