スポーツ界の中でも最もデータ活用が進んでいる競技の一つと言える、女子プロテニス。競技団体であるWTA(女子テニス協会)は2015年シーズン、「オンコートコーチング」(1セットにつき1回、ゲーム間ないしセット間にコーチがコート内に入って選手に指示できる仕組み)において、コーチがiPadを使って試合のデータのリアルタイム分析を選手に見せながら、戦術や修正点についてアドバイスすることを認めた。

 アプリの開発を担当したのは、ドイツのIT(情報技術)大手のSAP社だ。同社の担当者は、WTAのツアーに3年という長期間帯同し、選手やコーチの意見を参考にしてアプリを作り上げた。

オンコートコーチングで使えるデータのリアルタイム分析アプリ「SAP Tennis Analytics for Coaches」の画面。データは、2017年9月の東レ パン パシフィックオープンでの尾﨑 里紗選手のもの
オンコートコーチングで使えるデータのリアルタイム分析アプリ「SAP Tennis Analytics for Coaches」の画面。データは、2017年9月の東レ パン パシフィックオープンでの尾﨑 里紗選手のもの
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 試合前にデータを分析して戦術を練ったり、試合後にデータを見てプレーを振り返ることは他の競技でも珍しくない。しかし、試合中にリアルタイム分析にアクセスできるとなると、それが許されている競技は少ない。オンコートコーチングによって試合の流れが大きく変わる可能性があり、それに賛同しない選手やコーチもいるからだ。「拮抗した試合を増やして面白くすることを目的」とした、WTAの大きな決断だったと言える。

 では、選手を指導するコーチは、こうしたスポーツ現場の“デジタル革命”をどう見ているのか。現在は世界ランキング9位(2017年11月上旬時点)のジョアンナ・コンタ選手のコーチで、かつてはグランドスラムを制した複数の選手の指導経験もあるトップコーチ、ベルギー出身のウィム・フィセッテ氏が日本スポーツアナリスト協会(JSAA)が主催したイベント「女子プロテニスを変えるデジタル革命」(開催:2017年9月19日)で登壇し、ビッグデータ時代のコーチングについて語った。

分析時間が大幅に短縮

―― コーチが試合の膨大なデータを手にすることで、何が変わったか。

現在世界ランキング9位(2017年11月上旬時点)のジョアンナ・コンタ選手のコーチで、かつてはグランドスラム大会を制した、キム・クライシュテルス元選手やビクトリア・アザレンカ選手といった名選手のコーチを務めた経験を持つ、ウィム・フィセッテ氏
現在世界ランキング9位(2017年11月上旬時点)のジョアンナ・コンタ選手のコーチで、かつてはグランドスラム大会を制した、キム・クライシュテルス元選手やビクトリア・アザレンカ選手といった名選手のコーチを務めた経験を持つ、ウィム・フィセッテ氏
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フィセッテ データによって我々の仕事が大きく変化し、以前よりかなり楽になった。データ分析のツールがなかった10年前は、実際に対戦相手の試合を見に行き、紙の上にシールでボールの落下点をプロットするような作業をしていた。SAP社のアプリができたことで、今では10試合分のデータをわずか30分で分析できる。

 また、試合中はデータのリアルタイム分析によって、コーチはなぜ自分の選手が勝っているのか、または負けているのかがiPad上で分かる。オンコートコーチングでは1セットに1回、選手にアドバイスできるので、試合中にデータを示しながら以降の戦術を指示している。

――データによって試合はどう変わったか。

 データがあることで、確実にゲームが面白くなった。拮抗した試合が増えている。

 例えば、2015年にグランドスラム優勝経験があるビクトリア・アザレンカ選手のコーチをしていた。その際、アンゲリク・ケルバー選手との試合があった。最初はアザレンカ選手が勝った。そして2週間後の全豪オープンで再び対戦したらケルバー選手が戦術をまったく変えてきたために負けてしまった。さらに2か月後に、今度はアザレンカ選手が戦術を変更をして勝った。こういったことの繰り返しになっている。選手・コーチがいかにデータをうまく分析するかが重要になっている。