近年、選手やボールの動きを追尾するトラッキングシステムが急速に普及している。その波はプロなどのトップアスリートから一般のアマチュアへ広がろうとしている。その先にはどんな未来が待っているのか、そしてスポーツ界における人工知能(AI)の活用の可能性はどうなのか。データスタジアム ベースボール事業部 アナリストの金沢慧氏に聞いた。(聞き手=日経テクノロジーオンライン編集部 内田 泰)

―― スポーツにおけるデータ活用という観点で、今後はどのようなことに注目していますか。

データスタジアム ベースボール事業部 アナリストの金沢慧氏
データスタジアム ベースボール事業部 アナリストの金沢慧氏
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金沢 2017年から2018年にかけての動きとして注目しているのが「データの民主化」、つまりスポーツアナリティクスの一般化です。背景にあるのが、データを取得するトラッキングツールの小型化や低価格化です。

 例えば米Rapsodo社が開発した、レーダーとカメラを使ったトラッキングツール。アマチュアやユースの野球選手に向けた製品で、ブルペンで投げたボールの球速や回転数、回転軸、垂直・水平方向の変化量といったデータをiPadなどでチェックできます。これで価格は数十万円と、これまでのシステムと比較するとかなり安価です。

 ミズノも2018年春に、ボールの速度や回転数、回転軸を計測できるセンサー内蔵の硬式野球ボール「MAQ(マキュー)」を発売する予定です。このように、プロでなくても一般のプレーヤーが手軽にデータを取得できるようになってきました。

 こうしたトラッキングツールが登場すると、多くの人がそれを使って自分のパフォーマンスを改善したいと考えるようになります。ところが、今は過渡期で、データだけが提示されても「何がいいのか」「だから何なのか」が分からないという問題があります。つまり、「何が本当に大事か」について、コーチなどの指導者がリテラシーを身につけていく必要があります。スポーツリーグや開発企業が、それをどう啓蒙していくかにも興味を持っています。

―― データスタジアムは、試合の映像から手動でデータを取得することに強みを持っていますが、自らトラッキングシステムの開発にも乗り出しています。

金沢 2017年4月に大阪大学発の研究開発型ベンチャーのQoncept(コンセプト)と、スポーツICT(情報通信技術)に関する共同研究機関「Ath-Tech Lab(アステック・ラボ)」を設立しました。データスタジアムが有するスポーツ現場に関する知見と、コンセプトが持つ画像処理などの技術を融合させて、スポーツICT分野の先端技術を開発し、スポーツの価値を高めていくのが目標です。

 その第1弾の取り組みが、画像解析による卓球のトラッキングシステムです。これが国際卓球連盟(ITTF)に認められ、2017年5月29日から6月5日までドイツ・デュッセルドルフで開催された世界卓球選手権で採用されました。このシステムが取得したデータは、国際映像でも放映されました。

データスタジアムがQonceptと共同で設立した研究機関「Ath-Tech Lab(アステック・ラボ)」が開発した、卓球のトラッキングシステムの仕組み(図:データスタジアム)
データスタジアムがQonceptと共同で設立した研究機関「Ath-Tech Lab(アステック・ラボ)」が開発した、卓球のトラッキングシステムの仕組み(図:データスタジアム)
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 卓球のトラッキングシステムは、2017年6月にスヴェンソンスポーツマーケティングが東京・渋谷にオープンした卓球複合施設「T4 TOKYO」にも導入されました。また、T4 TOKYO内に設置された、アカツキという企業が開発した卓球ゲームにもこのトラッキングシステムが採用されています。卓球台にプロジェクションマッピングでブロックを投影し、ブロック崩しで得点を競うゲームです。

―― 2017年8月31日には、「プロジェクトコンパス(Project CONPASS)」と呼ぶ、新たな取り組みをスタートさせると発表しました。狙いは何でしょうか。

金沢 当社の強みである試合のデータの活用を強化するなかで、これまでど真ん中でやっていなかったスポーツの「隣接領域」に広げる取り組みを始めています。その一つとして、スポーツにおけるコンディショニングとパフォーマンスの相関関係を分析し、その結果をスポーツ団体や競技者などに提供するのがこのプロジェクトです。身長や体重、食事といった基礎データや栄養面のデータに強いCLIMB Factory(クライム・ファクトリー)との共同プロジェクトです。

 例えば、「この程度の身長・体重の人だったら、理論上、この程度のボールを投げられる」という相関があるはずです。そのような分析をきちんとやっていきます。CLIMB Factoryはコンディショニングに関するデータや知見は持っていますが、スポーツのパフォーマンスは専門領域ではありません。逆に当社はコンディショニングについて詳しくありません。だから、両社が協力していくことに意味があります。各チームのトレーナーや選手などと話しながらやっていきます。

 このプロジェクトでは、我々が持つパフォーマンスに関するデータと付き合わせて分析していくために、トレーナーの領域で取得しておくべきデータセットを明確にすることも重要になります。それを各チームのトレーナーが単独でやる場合もあるでしょうが、リーグや協会といった大きな枠で取り組んだ方がいいことが数多くある。だから、選手とひも付いた大きなデータベースの構築を仕掛けたいと思います。仮にそれが標準になれば、プロ野球など競技を限定したものでなく、広くビジネスを展開できる可能性があります。ただ、我々にとってはあくまで隣接領域なので、現時点でどこまでやるかは決まっていません。