2020年東京五輪の体操競技、いや、すべての採点型競技にとって“革命”とも言える技術の開発を、富士通が進めている。

 「3Dレーザーセンサー」という、これまでスポーツ界で採用の実績がない技術を活用した、審判の採点支援システムである。非接触のセンサーが取得したデータから競技の判定に必要な数値を導き出して審判の採点を支援する。「ゴールは、東京五輪までに男子6種目、女子4種目の計10種目をカバーすること」。開発を主導する富士通研究所 応用研究センター ライフイノベーション研究所 所長の佐々木和雄氏はこう語る。

採点支援システムの審判用画面例。「正面支持」の姿勢においてあん馬に対する体の角度を自動的に算出(図:富士通)
採点支援システムの審判用画面例。「正面支持」の姿勢においてあん馬に対する体の角度を自動的に算出(図:富士通)
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 “ひねり王子”の愛称で親しまれている白井健三選手の新技「シライ3」。現在最高のH難度のこの技は、目にも留まらぬ速さで「後方伸身2回宙返り3回ひねり」を繰り出す。こうした技の高度化に伴い、もはやプロの審判といえども肉眼で常に正確な判定を下すのが難しい状況になっている。

 このため、体操競技の判定にはしばしば“ぶれ”が生じ、それが選手やコーチの不満の温床になるばかりか、スポーツの魅力を損なう要因となっていた。

誤審をなくしたい

 2016年10月19日。国際体操連盟(FIG)は、当時、日本体操協会専務理事だった渡辺守成氏を第9代会長に選出した。五輪実施競技の国際競技団体(IF)で日本人がトップに就任(2017年1月1日付)するのは23年ぶりという快挙だった。

 会長選の前日に行われたプレゼンで、渡辺氏は、富士通と富士通研究所、日本体操協会が共同で開発を進めている採点支援システムをデモし、その導入を2020年東京五輪へ向けての政策の目玉として掲げた。つまり、同システムは会長肝いりのプロジェクトなのだ。

 そこには「体操競技から誤審をなくし、もっと透明性があって公平なものにしたい」という、渡辺会長、そしてFIGの強い思いがある。

 現在、体操競技の採点は、技の難易度を評価する「Dスコア(演技評価点)」と、技の出来栄えを評価する「Eスコア(実施点)」の合計点から成る。体操の採点規則をまとめた教本には、技の成立条件や減点要素などがこと細かく書かれている。

 例えば、Eスコアの減点要素である技術欠点には「正しい静止姿勢からの角度の逸脱」という項目がある。そこでは角度のずれに応じて、減点が「15度までは0.1、16~30度は0.3、31~45度は0.5」などと定められている。

 2016年リオデジャネイロ五輪の男子個人総合では、内村航平選手がウクライナの選手を最後の鉄棒で逆転して五輪2連覇を成し遂げた。このときの得点差はわずか0.099。つまり、極端な話、上記の「角度の逸脱」において、角度のわずかな違いがメダルの色を左右することがある。審判にかかるプレッシャーが大きいことは容易に想像できる。

 さらに近年の「アスリートファースト」の考えが、判定をより難しくする傾向にあるという。「例えば男子のあん馬では従来、選手のすぐ目の前で審判員が見ていた。そうなると会場は審判員ばかりが目立つため、アスリートファーストの考えから審判員はもっと外側に座るようになってきた。審判が選手から離れ、見る角度も制限されるようになったため、15度か、30度かなど判定がより難しくなっている」(富士通 東京オリンピック・パラリンピック推進本部シニアディレクターの藤原英則氏)。