2020年の東京五輪・パラリンピックまであと3年。日本で開催される一大スポーツイベントを機に、スポーツビジネスへの参入や、地域活性化への取り組みが活発化している。しかし、現実には関係者の多くが2020年以降を見据えた「レガシーの創出」について悩みを抱えている。そんな人たちにヒントになりそうな事例が、“スポーツビジネスの祭典”「MIT Sloan Sports Analytics Conference(SSAC)」(2017年3月4~5日開催)で紹介された。プロアイスホッケーリーグのNHLによる、「スポーツ×CSR」への取り組みである。

 今回のMIT SSACで、NHLは「Using Analytics to Support the Efficiency of Corporate Social Responsibility Initiatives」と題して講演。「スポーツが持つ価値をいかにして社会課題の解決に生かすか」というテーマに対して、データを駆使しながらいかに取り組んだかについて説明した。CSR(Corporate Social Responsibility)は「企業の社会的責任」と訳される。日本では2005年ころから急速に広がり、各企業にCSR推進室などの専門部署がこぞって作られた、と記憶している。

 登壇したのは、NHLのCSRマネージャー。2016年にカナダのトロントで開催された国際大会「アイスホッケーW杯」における取り組みを事例に、NHLがいかにCSRを重視しているかを詳細に述べた。

 ここで言うCSRとは、決してスローガンや“お飾り”のようなものではない。NHLやアイスホッケーという競技自体のサステナビリティー(持続可能性)を担保するための、非常に実利のある取り組みだ。

 2016年のアイスホッケーW杯で、NHLは「2016 World Cup Hockey Legacy Project」を立ち上げた。大会をきっかけとして、何をレガシー(Legacy)として残すかをテーマにしたプロジェクトである。

NHLによる「Using Analytics to Support the Efficiency of Corporate Social Responsibility Initiatives」と題した講演の様子
NHLによる「Using Analytics to Support the Efficiency of Corporate Social Responsibility Initiatives」と題した講演の様子
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人口の1割以上がアイスホッケーに関与

 プロジェクトの詳細に入る前に、カナダとNHL、そしてアイスホッケーという競技自体の背景について触れておきたい。カナダの社会課題や、アイスホッケーにおける現在の課題を整理しておかないと、この取り組みの意義を理解するのが難しいからである。

 日本ではややなじみが薄いが、アイスホッケーW杯は米国・ロシア・カナダ・スウェーデンなど8〜10カ国程度が出場する世界大会である。国際アイスホッケー連盟は毎年、アイスホッケー世界選手権を開催しているが、こちらはNHLとNHL選手会が主催する。五輪・世界選手権とはフォーマットは異なるが、世界最高峰のアイスホッケー大会の1つであり、特にカナダでは非常に人気が高い。

 それもそのはず。アイスホッケーはカナダが発祥地。国民的スポーツであり、長い間王者として君臨して来た。カナダ全体の人口が約3500万人なのに対して、 450万人ほどのカナダ人が選手・コーチ・審判員・協会職員・あるいはボランティアスタッフとしてホッケーに携わっているという。

 アイスホッケー場(アリーナ)は全国に3000以上もある。屋外のアイスホッケー場も多く、冬には近所の川や湖、さらに自宅の裏庭もスケートリンクへと姿を変える。

 NHLというプロリーグは、1917年にカナダで生まれた。米国4大プロスポーツの1つであるが、リーグの選手構成比を見ると、およそ半分をカナダ人が占める。

 一方、カナダは年間20万人以上の移民を受け入れる移民大国でもある。主要7カ国(G7)の中でも、人口伸び率は顕著な数字を示していて、移民の存在がその大きな押し上げ要因となっている(移民人口は約780万人)。そして、この移民の多さはNHLを含むアイスホッケー選手の国籍・出生地の構成にも大きな変化をもたらしている。