NHLが抱える2つの課題

 講演では、NHLがCSRに取り組む背景として、大きく2つの課題が挙げられた。

 1つは気候変動だ。地球温暖化による気温上昇が、屋外アイスホッケー場にとって深刻な問題になっている。−5℃と−4℃という、たった1℃の差が“Skatability”、つまり「屋外でアイスホッケーができるかできないか」という大きな境目となるという。

 もちろん、地球温暖化は様々な要因によって引き起こされるが、NHLは北米における4800のアリーナにおける環境負荷をモニタリングするなど、それを自分たちの死活問題と捉えて環境負荷低減に向けた取り組みを行なっている。もし、草の根的な屋外アイスホッケー場が激減するような事態になれば、アイスホッケーに親しむ機会が減り、競技の人気が落ちてしまう可能性もあるからだ。

 もう1つの課題は、ダイバーシティー(多様性)である。米Pew Reseachの調査によると、世界一の移民大国である米国では約7人に1人(14%)、カナダでは約5人に1人(22%)が国外で生まれており、カナダは欧米諸国で最も高い数値となっている。

 現在、NHLには世界19カ国から選手が集まっている。1971年のリーグ創設から数えると合計41カ国から選手が集まっているそうで、NHLの独自の分析によると「アイスホッケーの試合のダイバーシティー(多様性・面白さ)は、チームにおける人種・民族・国籍の多様さと相関がある」らしい。NHLにとって、このタイバーシティーは重要で、最優先で取り組むべき課題の一つとして捉えられている。

低所得層の移民を主要ターゲットに

 こうした状況を踏まえた上で、NHLがアイスホッケーW杯のトロント大会で立ち上げた、「2016 World Cup Hockey Legacy Project」を見ていこう。

 大会には、世界14カ国から集まった160人のNHL選手が出場した。NHLとNHL選手会が主体となってさまざまなCSR活動を展開したが、その多くは前述の「ダイバーシティー問題にどう取り組んでいくか」に関するプロジェクトであった。

 このプロジェクトの特徴は、指標としてとにかくデータ(数字)を重視したことである。講演では、まず開催都市トロントの基本データを紹介した。

・トロントの人口は280万人でその50%はカナダ国外生まれ
・トロント移民の45%が25歳以下
・トロント人口の26%がアジア系のルーツを持つ
・トロント人口の47%の母国語が、英語(もしくはフランス語)以外

 次に、トロントの低所得者層にフォーカスして実施した調査データを公開した(対象は、6~19歳までの移民とその親)。

・アイスホッケーをやっている子供は全体の4%未満
・96%は、費用面や環境面からアイスホッケーに関わることができない
・75%は、もし上記理由が解決するならばアイスホッケーをやってみたいと思っている

 以上の調査結果から、NHLは本プロジェクトのゴール(成果)を、「経済的な理由から、アイスホッケーに参加する機会の少なかった移民が、今後は積極的に参加できる機会を継続的に生み出す仕組みを作る」と設定した。

子ども向け教育プログラムを開発

 それを実現するための行動計画として決めたのが、以下の2つだ。1.移民が各地域のアイスホッケー・コミュニティーに入り込めるよう働きかけをする、2.草の根のチームへのプレー参加者を増やすことで、裾野からダイバーシティーを広げていく――。

 当然ながら、国内のアイスホッケーファンを幼少期から長期間に渡って育てることを狙いとした。大会期間中には、多くのCSR関連イベントが行われたが、その中で特筆すべきは「市民権授与セレモニー」である。

W杯期間中に開催した「市民権授与セレモニー」を説明するスライド(図:NHL)
W杯期間中に開催した「市民権授与セレモニー」を説明するスライド(図:NHL)
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 同セレモニーには103人の移民が招待された。その中には、NHLのオタワ・セネターズのキャプテンを長期間務めるスウェーデン出身のダニエル・アルフレッドソンの姿もあった。彼こそが移民、「New Canadian」のロールモデルの1人なのだろう。

 大会スポンサーのカナダScotiaBank社がこのセレモニー会場をサポートし、 ネーミングライツのように会場は「ScotiaBank Fan Village」と名付けられた。「Sport pad」と呼ばれる寄付イベントも行われた。集まった資金で低所得者層エリアにある合計40万m2の設備をリノベショーンし、グラウンドホッケー場などに姿を変えた。さらにNHLはグラウンドホッケーを使った教育プログラムを開発した。チームワークや課題解決能力などのライフスキルの取得や人格形成のためのプラットフォームとして活用が始まっている。4年間で1万人以上の子供たちに行き渡る予定だ。