「MIT SSAC2017」のセッション数は2日間で合計100を超え、パネルディスカッションと「Competitive Advantage」と呼ばれるスピーチだけで80を上回った。そのうち筆者が直接参加できたのは、合計22個のセッションに過ぎない。
という意味で、筆者が興味を持っている領域について個人的なスクリーニングがかかった選択であることをお伝えした上で、印象に残ったセッションの内容を紹介する。意外に思うかもしれないが、それはいずれも「地道で包括的な取り組み」だ。
英国自転車チームのメダル獲得戦略
「The Readiness Index」と題したセッションでは、英国の自転車ナショナルチームが五輪でメダルを獲得するために、いかに選手の能力を総合的にモニタリングしたかについて紹介した。ちなみに副題は、「GB Cycling Team’s Approach to Identifying, Monitoring and Forecasting Olympic Medalling Winning Talent」であり、直訳すると「五輪でメダルを獲得できるタレントを発掘し、モニタリングし、予測していくための英国自転車チームのアプローチ」となる。
講演者は、英国自転車チームの2名(プログラム・ディレクターとパフォーマンス・パスウェイ・マネージャー)。リオ五輪までの4年間の取り組みを紹介した。
同チームでは、ナショナルチームの4つのカテゴリー(シニア、アンダー23、ユース、ジュニアユース)の合計250名の選手をすべて同じ指標で評価し、合計25名のコーチがそれぞれ同じ基準で選手にフィードバックできるよう、「Readiness Index」という統一指標を策定した。
時間軸としては、3つのタイムフレームが同時進行している。現在運用されているのは、それぞれ「2020年東京五輪まで」「2024年五輪まで」「2028年五輪まで」という3つのフレームだ。
スキル、グリット(やり抜く力)、コーチャビリティ(コーチングを受ける能力)、フィジカル、神経系などさまざまな評価項目を紹介したが、最終的には「Ability(潜在能力)」と「Performance(競技成績)」という二軸に収れんして、それぞれ100点満点で全選手を評価する。
セッションでは、全選手の「Ability」と「Performance」をXY軸からなる散布図にプロットしたグラフを見せたが、基本的には能力が上がればパフォーマンスも発揮されるようになるので、全体として右肩上がりのグラフになる。
「異常値」にこそ本質あり
ただ、その中には右下や左上に、全体の傾向から外れた選手が存在する。こうした「異常値」とも言える選手こそが、「インサイト(物事の本質を見抜く力)を生む基になるので注視している」と語った。右下に外れているのは、「能力があるのにパフォーマンスを発揮できていない選手」であり、左上に外れているのは、「能力は低いはずなのに、なぜかパフォーマンスが高い選手」である。その結果を生み出しているのは何か、そこから学べることはないか、というわけだ。
一般的に“左上に外れている”選手は「精神力が強い」「メンタルが強い」と片付けられがちだが、Readiness Indexでは「グリット(やり抜く力)」として、こうした要素も「Ability」に含まれているはずだ。だとしたら、評価項目そのものを見直す余地がある、との問いも生じてくる。
全選手の分布を見るだけではなく、1人の選手の時系列でのIndexの変化を追っていくグラフも紹介された。時を経て順調に右肩上がりになる選手もいれば、蛇行する選手も、そしてある時を境にパフォーマンスが上がらなくなる選手もいる。それらを比較することは、最終的な違いを生み出したものが何であるか、を探す入り口になるのだという。
自転車競技は競技転向のハードルが、他の競技と比較して低い。このため、他競技のアスリートにも折に触れてこのIndexを当てはめて評価することで、タレント発掘の基準にしている、という。
本セッションを聴いて感心したのは、「とにかく地道な作業にコツコツ取り組んだという事実」だ。確かに評価基準の細目はかなり多岐にわたってはいたものの、どこにも高度なデータサイエンスは存在していないし、人工知能(AI)なども利用していないようだ。あるのは、地道なIndex設計とその落とし込みのみだ。
Readiness Indexによって、25人いるナショナルチームのコーチが、各人の経験則からそれぞれに評価するのではなく「同じレンズを通して選手を見ることができた」ことが大きかったという。ただ、それを実際にやり切るのは、“言うは易く行うは難し”であることが、容易に推測できる。