近年、選手の障害予防(Injury Prevention)のなかでも、特に重要性が高まっているテーマが脳震盪だ。背景には、2013年に米プロアメリカンフットボールリーグNFLの元選手約4500人が、NFLを相手取って起こした集団訴訟がある。
「NFLは脳震盪が長期的に脳機能に与える影響を不当に隠匿し、選手を保護しなかった」として起こされたこの訴訟は、NFL側が提示した和解案を、フィラデルフィア第3連邦巡回控訴裁判所が2016年4月19日に支持したことで、ようやく決着に至った。その和解案とは、NFLが総額約10億ドル(約1090億円)もの巨額の賠償金を支払うというものだ。
米国では2015年に、その名も「Concussion(脳震盪)」というNFLにおけるこの問題を題材にした映画が有名俳優ウィル・スミスの主演で公開されたこともあり、脳震盪問題への意識は日本にいると想像もできないほど高まっている。その証左に、米国では子供たちにアメリカンフットボールをやらせたがらない親が増えているという。競技やリーグの中長期的な発展という観点から、多いに憂慮すべき事態と言える。
衝撃を可視化する帽子
NFLは2013年3月、米GeneralElectric(GE)と共同で脳震盪問題の解決を目指すオープンイノベーション型のプロジェクト「Head Health Challenge」を立ち上げた。これは両者による5年、予算規模6000万ドル(約65億円)の「Head Health Initiative」の一つである。
このプロジェクトは現在も進行中であるが、すでにさまざまなソリューションが生まれている。例えば、ヘルメットやマウスピースに重力加速度を測定するセンサーを取り付けるなどして頭部への衝撃を計測し、脳震盪に対するリスクが高まったと判断した時には選手を強制的にフィールド外に出すような運用がなされ始めている。
米国東海岸の名門8校からなるアイビーリーグでは、ダートマス大学フットボール部が2010年ごろに「練習における対人フルコンタクトを全面禁止」とし、その代わりに「リモコンで動くロボットタックルダミーを用いてトレーニングする」という衝撃的な方針転換を図った。
各方面からタックル力の低下や競技力の低下を憂慮されながらも、ダートマス大学は2015年シーズンにアイビーリーグで優勝した。この結果を受けて、アイビーリーグ全加盟校8大学は2016年3月、「練習における対人タックル禁止」の方針を採用することを発表した。MIT SSACの直前のタイミングとなったこの発表は、同カンファレンスでも大きな話題となっていた。
アイビーリーグのように対人タックルの全面禁止とまでは至らずとも、GPS(全地球測位システム)が吸い上げる選手の急減速データからタックル回数を測定し、回数制限しようという取り組みもある。