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スポーツIT革命の衝撃

アメフト界の難題「脳震盪」予防へ、データ解析の挑戦

スポーツビジネスの祭典「MIT SSAC 」見聞録(4)

2016/05/20 00:00

橋口寛=ユーフォリア代表取締役/慶應義塾大学SDM研究科

 2016年3月11日~12日の2日間、米国ボストンにある大型コンベンションセンターに、約4000名もの人々が集結した。年に一度のスポーツアナリティクス(解析)をテーマにしたカンファレンス「MIT Sloan Sports Analytics Conference」(MIT SSAC)に参加するためだ。今年で10回目を迎えたMIT SSACで注目のトピックとなったのが「障害予防」だ。中でも、米国で最も人気があるアメリカンフットボール界を揺るがす「脳震盪(のうしんとう)」問題とその対策は、SSACでも大きな話題となった。SSACに参加したユーフォリアの橋口寛氏に、脳震盪問題に対する米国の最新事情を報告してもらう。

 近年、選手の障害予防(Injury Prevention)のなかでも、特に重要性が高まっているテーマが脳震盪だ。背景には、2013年に米プロアメリカンフットボールリーグNFLの元選手約4500人が、NFLを相手取って起こした集団訴訟がある。

 「NFLは脳震盪が長期的に脳機能に与える影響を不当に隠匿し、選手を保護しなかった」として起こされたこの訴訟は、NFL側が提示した和解案を、フィラデルフィア第3連邦巡回控訴裁判所が2016年4月19日に支持したことで、ようやく決着に至った。その和解案とは、NFLが総額約10億ドル(約1090億円)もの巨額の賠償金を支払うというものだ。

 米国では2015年に、その名も「Concussion(脳震盪)」というNFLにおけるこの問題を題材にした映画が有名俳優ウィル・スミスの主演で公開されたこともあり、脳震盪問題への意識は日本にいると想像もできないほど高まっている。その証左に、米国では子供たちにアメリカンフットボールをやらせたがらない親が増えているという。競技やリーグの中長期的な発展という観点から、多いに憂慮すべき事態と言える。

衝撃を可視化する帽子

 NFLは2013年3月、米GeneralElectric(GE)と共同で脳震盪問題の解決を目指すオープンイノベーション型のプロジェクト「Head Health Challenge」を立ち上げた。これは両者による5年、予算規模6000万ドル(約65億円)の「Head Health Initiative」の一つである。

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NFLとGEが共同で立ち上げた、脳震盪問題の解決を目指すオープンイノベーション型のプロジェクト「Head Health Challenge」のWebページ

 このプロジェクトは現在も進行中であるが、すでにさまざまなソリューションが生まれている。例えば、ヘルメットやマウスピースに重力加速度を測定するセンサーを取り付けるなどして頭部への衝撃を計測し、脳震盪に対するリスクが高まったと判断した時には選手を強制的にフィールド外に出すような運用がなされ始めている。

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「Head Health Initiative」における3つの挑戦のうち、頭部への衝撃をリアルタイムに計測したり、脳損傷を防ぐ新材料や技術の開発を目的にした「Head Health Challenge II」の発表会の様子

 米国東海岸の名門8校からなるアイビーリーグでは、ダートマス大学フットボール部が2010年ごろに「練習における対人フルコンタクトを全面禁止」とし、その代わりに「リモコンで動くロボットタックルダミーを用いてトレーニングする」という衝撃的な方針転換を図った。

 各方面からタックル力の低下や競技力の低下を憂慮されながらも、ダートマス大学は2015年シーズンにアイビーリーグで優勝した。この結果を受けて、アイビーリーグ全加盟校8大学は2016年3月、「練習における対人タックル禁止」の方針を採用することを発表した。MIT SSACの直前のタイミングとなったこの発表は、同カンファレンスでも大きな話題となっていた。

 アイビーリーグのように対人タックルの全面禁止とまでは至らずとも、GPS(全地球測位システム)が吸い上げる選手の急減速データからタックル回数を測定し、回数制限しようという取り組みもある。

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