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スポーツIT革命の衝撃

スポーツAI、潜在力は「大」 芸術要素の判定は高い壁

「スポーツ×AIの未来」対談(上)

2017/04/19 05:00

内田 泰=日経BP社デジタル編集部

 今、産業界で最もホットなテーマの1つが人工知能(AI)だ。その波はスポーツ界にも押し寄せており、様々な現場でAIの活用が検討されている。ただ、スポーツというルールはあっても“感覚”、そして競技によっては芸術的要素も大きい分野で、AI活用の可能性はどうなのか。そして人間はAIとどう付き合うべきなのか。異なる専門分野を持つ、スポーツ界のキーパーソン3人が対談した。トップアスリートの強化拠点である日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンターのハイパフォーマンス戦略部長の久木留毅氏、ソウル五輪のシンクロ・デュエットで銅メダルを獲得し、現在はメンタルトレーニング上級指導士として活躍する田中ウルヴェ京氏、そして慶應義塾大学SDM(システムデザイン・マネジメント)研究科 准教授でJSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザーの神武直彦氏である。この対談の模様を2回にわたってお伝えする。(構成:内田泰=日経BP社デジタル編集センター)
神武直彦(こうたけ・なおひこ)。慶應義塾大学SDM研究科 准教授/JSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年11月にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。2016年6月より日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部マネージャー。2017年4月より日本スポーツ振興センター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。アジア工科大学院招聘准教授。博士(政策・メディア)

神武 AIの開発は、テクノロジー、そしてコンピューターを駆使して人間と同等の知能を実現する取り組みといえます。例えば、素晴らしいコーチがいて、その人の代わりをするAIができれば多くの選手が優れた指導を受けられます。また、競技の審判に使えばミスジャッジを防げるかもしれません。

 まず、スポーツ界でのAIの活用の現状について話をしていきたいと思います。久木留さん、JSCが競技力向上のための研究・支援を目的として開設したハイパフォーマンスセンターでは、既にAIを活用しているのですか。

久木留 具体的にAIをこう使うという計画はまだありません。しかし、AIを活用するには、まずビッグデータの収集が必要で、そこはかなり進んでいます。ハイパフォーマンスセンターの売りは、五輪に出場するようなトップアスリートの拠点であることです。JSCの国立スポーツ科学センター(JISS)は2001年から選手のデータを蓄積していて、現在はセンサーを活用して各種データを取っています。

 そのトップアスリートのビッグデータにアプローチしたいという、大学や企業はたくさんあります。一緒に組んだパートナーが開発したAIがトレーニングやコンディショニングの情報を提供する、というような提案は実際に来ています。

 まだ具体的にお話できるものはないですが、AIの導入は、国内だけでなく海外も含めて外部のパートナーと連携して行うことになるでしょう。AIの専門家を多く抱える東京大学や大阪大学とは、連携協定を結んでいます。

 私はハイパフォーマンスセンターは、スポーツ界における“知の集積基地”だと言っています。トップアスリート、トップレベルのコーチがいて、アスリートの膨大なデータがある。2020年以降は、ここで得た知見をスポーツ界だけでなく、地域や学校、病院にも還元できるようにしたいと考えています。

神武 スポーツ界に広く目を向けてみると、AIの活用はどの程度進んでいるのでしょうか。例えば、個々のジュニア選手のデータを集めて将来的に最も伸びそうな選手を見い出す、タレント発掘なども使えると思います。

久木留毅(くきどめ・たけし)。日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長、国立スポーツ科学センター副センター長/専修大学 教授。筑波大学大学院体育研究科修了(体育学修士)(スポーツ医学博士)、法政大学大学院政策科学専攻修了(政策科学修士)、英国ラフバラ大学客員研究員。日本レスリング協会特定理事、元ナショナルチームコーチ、テクニカルディレクター等を歴任。2015年10月1日より、文部科学省および経済産業省のクロスアポイント制度にて日本スポーツ振興センターに在籍出向中
久木留 タレント発掘に関しては、まだAIを活用し切れていないと思います。遺伝子情報の取得・分析などを含めてAIの活用はこれからです。

 一方で 判定においては一部の競技で導入が本格的に検討されています。例えば、2016年に国際体操連盟の会長に就任した渡辺守成氏は、「AIを判定に導入して体操競技をより高いレベルにする」と公約しています(富士通の3次元レーザーセンサー技術を採用)。

神武 このようにAIが競技の判定に導入されると、技の採点基準などが変わってきますよね。

久木留 体操の場合は、五輪の周期に合わせて4年ごとに採点規則が改訂されるので、そのタイミングでうまくAIを導入するということだと思います。

 ただし、「今年の世界選手権からいきなり人間の審判がいなくなる」というような話ではなく、部分的にAIが判定するという使い方になるでしょう。「ミスをなくす」のが大きな目的です。

「ルール違反をしっかり見てほしい」

神武 私はAIを導入しやすいのは、競泳や陸上など対戦相手がおらず、自分たちのパフォーマンスを最大化すればいい競技だと思います。田中さん、シンクロナイズドスイミングはいかがでしょうか。

田中 私は国際水泳連盟のアスリート委員会の委員を務めています。数年前から競泳やシンクロを含む水泳全競技の各国アスリートの側から、「ルール違反をきちんと見てくれるAIが欲しい」という声は多くなっています。ただし、現状では話に出ているだけで実際の導入には至っていません。

 例えばシンクロの場合、演技中にプールの底をちょっとでも蹴ってしまうと減点の対象となります。現状の審判の仕事はなくさず、こうした部分をきちんと判定してくれる“アルバイト”的なAIがあったら、見えなかったルール違反を可視化でき、「不公平が軽減されるのに」という声はアスリートに多いです。

 違反以外に、シンクロ選手、特に過去のメダリストたちが、これまでの経験から審判の技術的な質の精度について意見し続けていることがあります。技術点の要素にある「Difficulty(難易度)」が、実際泳いでいる選手側からすれば最も高難度だと思う足技を、審判が分からない時があるのです。

 例えば、こちらが難しい角度で足をひねった状態で回転技みたいなことをやっているのに審判がひねりを見れない、とか。実は、それは審判の質の問題です。

 審判の中には、当然、高度な技を見たことがない人もいます。ロシアとか日本とか世界のトップレベルの国では問題がないのですが、5大陸に均等に国際審判がいるので、そういう人も実際にいます。

 そんな時、水中に「本当に90度の角度で入ったか、92度ではなかったか」などを機械的に判定してくれると明確ですよね。技術点(難易度のほかに、完遂度(execution)、同調性(synchronization)がある)については、AI導入は近い将来「ある」と思っています。

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