数値化しにくい芸術要素
田中 少なくとも、AIを判定に導入すると聞いてうれしいのは「基準化」されることです。シンクロのルールでは、技術点が何かについては言語化されていますが、今のところ、採点は「審判の目での判断」という主観ですから、数ミリ違うというような客観的な数値基準はありません。私は委員としてルール変更の場にもいますが、競技という側面を考えれば、数値化のような発展には肯定的です。
神武 テクノロジーを導入するときに重要なのは、その前段階で人間の暗黙知を形式知にしないとそのテクノロジーでは扱えないことが多く、きちんと定義しましょうという議論が起こる点です。そこで初めて、何を明確化しないといけないかが見えてくる。シンクロは今まさにそういう状況かと思います。一方、シンクロのような採点競技には「芸術点」もあります。芸術的要素は数値化できるのでしょうか。
田中 個人的にはスポーツを観ている人が何に感動するのか、アンケートを採りたいぐらいです。というのは、シンクロで審判が高い芸術点を出すのは、結局、主観で、革新的な振り付けや、音楽の解釈に心を動かされて感動する時です。じゃあ、感動って何か。そもそもどんなスポーツでも私たちが感動する時というのは、本当にきれいであっさりした演技やプレーではなく、「すごく苦労しているのが想像できる」「足が震えそうだが必死に耐えている」など、人間らしさが出た時ではないでしょうか。
体操でも演技の最後に“ぐっ”と顔を上げたりするのは規定にはないけれど、その動作は印象度として重要です。こうした「止める」動作はシンクロにもあるけど、数値化できない部分です。同様に、芸術点の「演技態度(Presentation)」や「曲想の解釈(Music Interpretation)」も数値化は困難です。
演技を失敗したとき、次にどうしたか、という点も印象面で大きいです。フィギアスケートの浅田真央さんによるソチ五輪のフリーの演技について、なぜ多くの人が感動したと話すのか。それを数値化できるものでしょうか。
久木留 例えばですが、どういうシーンで観客の拍手が大きくなったか、どの時間帯でどういう演技をしたら観客がどう反応したか、などをデータとして蓄積して分析すればAIに落とし込めるかもしれません。
芸術的な要素ではないですが、日本スポーツアナリスト協会が主催したイベント「SAJ2016」(2016年12月開催)では、元・女子バレーボール日本代表の杉山祥子さんの「Cクイック」という速攻系スパイクを、AIを活用して残していくという話が出ました。このようなスポーツ界のレジェンドの技は、いわゆる暗黙知で、数値化はされていません。
でも、こうしたトップアスリートの技はデータを取っていくと平均から外れた「外れ値」になります。こうしたデータばかりを集めていけば、AI化できるかもしれません。
五輪に出場するアスリートは“究極の存在”です。100m走で10秒を切れる人や棒高跳びで6mを超えるジャンプをできる人はめったにいません。その人たちとAIをうまく結び付けることができれば、ジュニアの時代に「あなたはこういう練習をすれば、こういう能力を身につけられる」など、指導に役立つAIを作れるかもしれません。
選手とのコミュニケーション、AIで円滑に
神武 データサイエンスの世界でいうと、データを「収集する」「処理する」「結果を伝える」の部分、つまりセンサーが良質なインプットをし、優れたアルゴリズムによって処理をし、適切なタイミングで選手にそれをアウトプットして伝えることができれば、日本ならではの「スポーツAI」ができると思います。