世界中で開発競争が活発化している人工知能(AI)。スポーツ界での活用にも大きな可能性があることに疑いの余地はない。ただ、「AI脅威論」があるように、現場に導入しさえすればいいというものではない。AIとの上手な“付き合い方”とはどのようなものか。異なる専門分野を持つ、スポーツ界のキーパーソン3人が対談した。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンターのハイパフォーマンス戦略部長の久木留毅氏、ソウル五輪のシンクロ・デュエットで銅メダルを獲得し、現在はメンタルトレーニング上級指導士として活躍する田中ウルヴェ京氏、そして慶應義塾大学SDM(システムデザイン・マネジメント)研究科 准教授でJSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザーの神武直彦氏、の3者である。(構成:内田泰=日経BP社デジタル編集センター)
久木留毅(くきどめ・たけし)。日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長、国立スポーツ科学センター副センター長/専修大学 教授。筑波大学大学院体育研究科修了(体育学修士)(スポーツ医学博士)、法政大学大学院政策科学専攻修了(政策科学修士)、英国ラフバラ大学客員研究員。日本レスリング協会特定理事、元ナショナルチームコーチ、テクニカルディレクター等を歴任。2015年10月1日より、文部科学省および経済産業省のクロスアポイント制度にて日本スポーツ振興センターに在籍出向中
久木留毅(くきどめ・たけし)。日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長、国立スポーツ科学センター副センター長/専修大学 教授。筑波大学大学院体育研究科修了(体育学修士)(スポーツ医学博士)、法政大学大学院政策科学専攻修了(政策科学修士)、英国ラフバラ大学客員研究員。日本レスリング協会特定理事、元ナショナルチームコーチ、テクニカルディレクター等を歴任。2015年10月1日より、文部科学省および経済産業省のクロスアポイント制度にて日本スポーツ振興センターに在籍出向中

久木留 AIは、今まさに世間でホットなトレンドです。新聞など多くのメディアでは、「AI」という言葉があふれています。

 そのなかで、AIによって人間の仕事が奪われてしまうという「脅威論」があります。スポーツ界にも同様の危機感を抱いている人たちがいます。その一つが、チームの戦術などを分析する「アナリスト」と呼ばれる人たちです。実際、日本スポーツアナリスト協会が主催したイベント「SAJ2016」(2016年12月開催)でも、その話題が出ました。

神武 アナリストがなぜ、AIに対して脅威を抱いているのでしょうか。

久木留 AIが試合内容を分析してフィードバックできる可能性がでてきたからです。つまり、「アナリストロボット」のようなものが登場する、と考えているからではないでしょうか。

 しかし、現在のAIは、試合の映像などからデータを抽出したり、分析の一部を担ったりといった特定の作業の自動化にしか対応できません。

 「アナリストが不要になるのか」と聞かれれば、私は「なくならない」と答えます。ただし、自分たちの仕事の中身やレベルを高めていかないといけないでしょう。そう考えると広い意味では、AIに仕事を奪われてしまう人も出てくるかもしれません。

神武 私も同感です。AIは、人間の知能をコンピューターで代替するものですが、その知能のレベルが、オランウータンなのか、赤ちゃんなのか、大人なのか、専門のコーチなのかで大きな違いがあります。

神武直彦(こうたけ・なおひこ)。慶應義塾大学SDM研究科 准教授/JSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年11月にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。2016年6月より日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部マネージャー。2017年4月より同センター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。アジア工科大学院招聘准教授。博士(政策・メディア)
神武直彦(こうたけ・なおひこ)。慶應義塾大学SDM研究科 准教授/JSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年11月にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。2016年6月より日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部マネージャー。2017年4月より同センター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。アジア工科大学院招聘准教授。博士(政策・メディア)

 例えば、「サポートスタッフの代わりをするAI」「ライン判定をするAI」「戦略を立てるAI」などの専門AIが実現することも考えられます。決められた時間の中で最も効率よくトレーニングをするためのプログラムを組むAIなどもできるかもしれない。

 ただ、五輪のメダリストになるための高度なプログラムを年間ベースで立てろと命令されたとすると、そのための適切な「教師データ」を用意してAIを教育する必要があります。一口にAIと言っても、どのレベルのものかでかなり違いがあるのです。

 当面は、選手やコーチがAIに知見を提供する、つまり「AI×人間の知能」によってスポーツ界で活用が進むと思います。自律的で高度なAIも、将来的には実現するでしょう。

求められるマインドセットの変化

久木留 私がJSCに来て最も面白いと思ったのは、国立スポーツ科学センター(JISS)にある風洞実験棟です。

 例えば、スキーのジャンプ競技は飛行時間が3~5秒しかありません。なので、ジャンプ台を使う場合、1日に合計30秒とか1分間しか練習できません。ところが、風洞内でVR(仮想現実)を使って練習すれば、1日に2~3時間も“飛べます”。同様のことが、他の競技でも可能になっています。

 AIについても、こうした新しい技術をうまく使いこなせるコーチやスタッフが必要になります。そこをブレークスルーしないと、AIはスポーツとうまく融合できないかもしれません。

神武 AIとの上手な付き合い方という観点では、マインドセットを変える必要があると思います。スポーツの世界では、選手が育つためには、コーチも育つ必要がある。選手や環境、テクノロジーがコーチを育ててチームが強くなるともいえます。

 AIも誰かがチームに持ってきて“終わり”ではなく、選手やコーチも一緒にAIを創るというマインドに切り替わると、有効に活用できると思います。

久木留 「AIは要らない」と誰かが言っても、アスリートの多くは使い出すので、無駄な抵抗になるでしょう。AIとうまく共存できる人が、最後まで勝ち残っていくと思います。