久木留 AIは、今まさに世間でホットなトレンドです。新聞など多くのメディアでは、「AI」という言葉があふれています。
そのなかで、AIによって人間の仕事が奪われてしまうという「脅威論」があります。スポーツ界にも同様の危機感を抱いている人たちがいます。その一つが、チームの戦術などを分析する「アナリスト」と呼ばれる人たちです。実際、日本スポーツアナリスト協会が主催したイベント「SAJ2016」(2016年12月開催)でも、その話題が出ました。
神武 アナリストがなぜ、AIに対して脅威を抱いているのでしょうか。
久木留 AIが試合内容を分析してフィードバックできる可能性がでてきたからです。つまり、「アナリストロボット」のようなものが登場する、と考えているからではないでしょうか。
しかし、現在のAIは、試合の映像などからデータを抽出したり、分析の一部を担ったりといった特定の作業の自動化にしか対応できません。
「アナリストが不要になるのか」と聞かれれば、私は「なくならない」と答えます。ただし、自分たちの仕事の中身やレベルを高めていかないといけないでしょう。そう考えると広い意味では、AIに仕事を奪われてしまう人も出てくるかもしれません。
神武 私も同感です。AIは、人間の知能をコンピューターで代替するものですが、その知能のレベルが、オランウータンなのか、赤ちゃんなのか、大人なのか、専門のコーチなのかで大きな違いがあります。
例えば、「サポートスタッフの代わりをするAI」「ライン判定をするAI」「戦略を立てるAI」などの専門AIが実現することも考えられます。決められた時間の中で最も効率よくトレーニングをするためのプログラムを組むAIなどもできるかもしれない。
ただ、五輪のメダリストになるための高度なプログラムを年間ベースで立てろと命令されたとすると、そのための適切な「教師データ」を用意してAIを教育する必要があります。一口にAIと言っても、どのレベルのものかでかなり違いがあるのです。
当面は、選手やコーチがAIに知見を提供する、つまり「AI×人間の知能」によってスポーツ界で活用が進むと思います。自律的で高度なAIも、将来的には実現するでしょう。
求められるマインドセットの変化
久木留 私がJSCに来て最も面白いと思ったのは、国立スポーツ科学センター(JISS)にある風洞実験棟です。
例えば、スキーのジャンプ競技は飛行時間が3~5秒しかありません。なので、ジャンプ台を使う場合、1日に合計30秒とか1分間しか練習できません。ところが、風洞内でVR(仮想現実)を使って練習すれば、1日に2~3時間も“飛べます”。同様のことが、他の競技でも可能になっています。
AIについても、こうした新しい技術をうまく使いこなせるコーチやスタッフが必要になります。そこをブレークスルーしないと、AIはスポーツとうまく融合できないかもしれません。
神武 AIとの上手な付き合い方という観点では、マインドセットを変える必要があると思います。スポーツの世界では、選手が育つためには、コーチも育つ必要がある。選手や環境、テクノロジーがコーチを育ててチームが強くなるともいえます。
AIも誰かがチームに持ってきて“終わり”ではなく、選手やコーチも一緒にAIを創るというマインドに切り替わると、有効に活用できると思います。
久木留 「AIは要らない」と誰かが言っても、アスリートの多くは使い出すので、無駄な抵抗になるでしょう。AIとうまく共存できる人が、最後まで勝ち残っていくと思います。