2016年3月11日~12日の2日間、米国ボストンにある大型コンベンションセンターに、約4000名もの人々が集結した。年に1度のスポーツアナリティクス(解析)をテーマにしたカンファレンス「MIT Sloan Sports Analytics Conference」(MIT SSAC)に参加するためだ。今年で10回目を迎えたSSACは、スポーツアナリティクスに関するイベントとしては世界最大で、MITスローンスクール(マサチューセッツ工科大学のビジネススクール)が主催している。2007年にわずか175人の参加者で開催された同イベントは、いまやスポーツビジネス界の“祭典”と化し、「アナリティクス」という枠を超えてスポーツ産業に携わる多種多様な人々が集う。まさにスポーツビジネス先進国を象徴するイベントである。本連載では、今年のMIT SSACに参加したユーフォリアの橋口寛氏に、数回にわたってイベントの詳細を報告してもらう。
多くの参加者がつめかけた講演の様子
多くの参加者がつめかけた講演の様子

 筆者は現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の教員として、さまざまなかたちでスポーツマネジメントに関わっている。と同時に、株式会社ユーフォリアというスポーツベンチャー企業を経営しており、「One TAP SPORTS」というアスリート向けの「S&C(ストレングス&コンディショニング)管理」のためのクラウドデータベースを各競技の日本代表チームなどに提供している。

 今回、大学教員とベンチャー経営者の二つの視点から、米国最先端のスポーツアナリティクス領域でどのような議論がなされているかを確認するべく、MIT SSACに初めて参加してきた。現地でさまざまな人とやり取りする中で得られた情報を、数回に分けて報告する。

10周年を迎えた「MIT  SSAC」のホームページ
10周年を迎えた「MIT SSAC」のホームページ
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人の「厚み」に大きな違い

 会場に着いてまず感じたのは、会場全体に満ちた“熱量”だ。ダークスーツを着こんだ人々がレジュメ(履歴書)片手に会場を歩き回っている。米国においても「ドリーム・ジョブ」と呼ばれるスポーツ産業における職を求めて就職活動を行っている人々だ。

 会場内のある部屋ではスポーツ産業への就職を希望する学生向けのパネルが進行中で、そこかしこで就職面接が行われている。会期中、隣に座った就職活動中とおぼしき参加者と何度か話をしたが、インディアナ州やカリフォルニア州など遠方から、はるばるボストンまで参加している者が多かった。

 米国の各メジャースポーツからも大半のチームがSSACに人を派遣しており、パネルへの参加やプレゼンテーションへの参加と合わせて、採用活動に精を出していた。

 スポーツアナリティクスに関するリサーチペーパーを発表するポスターセッションコーナーもあり、優秀な研究結果には開催2日目にアワードが与えられた。採用される側も、採用する側も、成果を発表する側も、誰もが真剣勝負のエネルギーを発していた。

 このカンファレンス全体を通じての印象を一言に集約すると、それは日米両国におけるスポーツ産業に関わる「人の厚み」の違いだ。参加者の主な属性を挙げるだけでも、チーム関係者、大学研究者、学生、ベンチャーキャピタリスト、起業家、大企業の担当部門、メディアなど多岐にわたる。スポーツをひとつの産業として成り立たせるに十分なエコシステムが存在している。その厚みは、日本に対して少なく見積もって数十倍はある印象だ。

スポーツベンチャー投資額は日本の総投資額に匹敵

 日本におけるスポーツ産業の規模は、5兆円前後であるとされる。対して米国の市場規模は約50兆円であり、10倍にも及ぶ大きな格差がある。こうした状況の中、日本政府は「スポーツGDP拡大構想」としてスポーツベンチャーの育成などを通じてスポーツGDPを現在の5兆円から2025年までに15兆円規模まで拡大していくことを掲げている。