どのスポーツ競技でも、昨今のパフォーマンスの高度化には目覚ましいものがある。そうしたなか、さらなるパフォーマンスの向上のために、選手のコンディションデータの蓄積・分析が重要視されている。日本スポーツアナリスト協会が主催した「スポーツアナリティクスジャパン2016」(開催は2016年12月17日)では、「データ活用で変わるコンディショニングの未来」と題するセッションが開かれた。
 パネリストは、日本トレーニング指導者協会理事で発起人でもある油谷浩之氏、リオデジャネイロ五輪に出場した女子7人制ラグビー日本代表・アスレチックトレーナーの平井晴子氏、元サンフランシコ・ジャイアンツ、マイナーリーグのアスレチックトレーナーで、2017年1月より千葉ロッテマリーンズのトレーニングコーチ補佐に就任した渡邊亮氏の3人。進行役はユーフォリア代表取締役の橋口寛氏が務めた。
セッションの様子。左から、橋口氏、油谷氏、平井氏、渡邊氏
セッションの様子。左から、橋口氏、油谷氏、平井氏、渡邊氏
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「パフォーマンスデータと疲労度がリンクしない」

 3人のパネリストは、いずれも球技の現場におけるコンディショニングの経験を持つ。そこで経験してきたことを、それぞれが語った。

 油谷氏はアメリカンフットボールやバレーボール、バスケットボール、野球、ラグビーなど、様々なスポーツで20年にわたってトレーニング指導に携わってきた。データ活用を始めたばかりの頃をこう振り返る。

「20年前というとパソコンがちょうど普及し始めた頃で、表計算ソフトのエクセルで日々のデータを打ち込んでいました。内容的には、例えばトレーニングでバーベルが何キロ上がったとか、垂直跳びでどれくらい跳べたとか。そうしたパフォーマンスを見ながら今の状態をチェックしていく、ことをメインでやってきました」

「しかし、データの蓄積・解析を進めていくうちに、どうもパフォーマンスのデータと選手の疲労度がうまくリンクしていないことが分かりました。疲れているのに良い数値が出たり、反対に良い数値が出ているからとトレーニングの強度を上げていくと、一気にパフォーマンスが落ちてしまったり。それを踏まえ、何か目標に向かっている時にはどんどんパフォーマンスが上がっていき、反対に一区切りついた時などは、一気にパフォーマンスが落ちることも有り得るのだろうと気付きました。心拍数や尿比重など、もう少し内的な要素をプロットし、過去のトレーニングやパフォーマンスとリンクさせていく必要がありました」(油谷氏)

時差ボケとパフォーマンスに明らかな相関

 平井氏は年間約280日を、合宿・遠征などでチームと行動を共にしていた。女子7人制ラグビーでは海外での遠征や試合も多いため、選手にかかる負荷もかなり大きい。そこでのコンディショニングについて話した。

「7人制ラグビーは1大会につき2日間行われ、最大で6試合。1試合当たり前後半合わせて14分間の試合時間で、およそ1500メートルを走るといわれています。イメージで言うなら、1500メートル走とレスリングを同時にやるようなものです。それが1日3回になりますので、普段の合宿・遠征でも同じようなスケジュールで、さらに負荷も同等かそれ以上の強度で行っていく必要があります」

「それが年間250日以上、なかでも海外遠征がほとんどでしたので、日々の疲労度や体調を見るのはもちろん、時差ボケへの対応やコンディションをどのように普段通りに戻していくかが非常に重要でした。特に睡眠の時間と質、肉体的疲労・精神的疲労といった主観的なデータを、国内と海外に行った時ではどう違うのかを比較していました」

 重要な大会の前などは1週間程前に現地入りすれば、時差や天候に慣れておくことができる。しかし、実際には現地入りから2日後に試合といった、厳しいスケジュールのケースも多かったという。

平井氏(写真中央)。「時差ボケの度合いをコンディションデータとして見ると、試合のパフォーマンスとは明らかな相関がある」と語る
平井氏(写真中央)。「時差ボケの度合いをコンディションデータとして見ると、試合のパフォーマンスとは明らかな相関がある」と語る
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「時差ボケの度合いをコンディションデータとして見ると、試合のパフォーマンスと明らかな相関がありました。時差ボケ対策としては、出発する4日前から睡眠時間を少しズラしたり、飛行機の中で現地の時間に合わせて生活をさせたり。あとは到着してからの睡眠時間のコントロールや、日照時間に応じて時間を決め、太陽の光を浴びさせるといった従来からの方法もとりました。リオ五輪の時は、国立スポーツ科学センターの方に協力を得て、薬剤を使った対策もしていました」

 渡邊氏はサンフランシスコ・ジャイアンツのマイナーリーグでトータル9年間、アスレチックトレーナーとして活動していた。当時サンフランシスコ・ジャイアンツには、メジャーリーグ選手が故障者を入れて多くて30人程度、その傘下のマイナーチームを合わせると約250〜260人の選手が所属していた。それぞれ球団の本拠地も異なり、下部チームではドミニカ共和国が本拠地となるチームもある。そういった環境の中、サンフランシスコ・ジャイアンツ全体で、どのようにコンディション管理を行っていたのだろうか。

「メジャーリーグベースボール(MLB)機構が、選手をサポートするマネジメントシステムを保有しており、そこでデータ管理できる仕組みになっていました。身長・体重はもちろん、幼少期にした怪我など、細かいことまで分かるようになっています。私たちの場合はそれをベースに、さらに別のシステムを使って選手に質問をしていました。選手は朝来たらスマートフォン(スマホ)を使って、睡眠・食事・体調・体の痛む場所などを主観に基づき入力していきます。例えば、肘が痛むと入力した投手がいたとして、肘の手術歴があった時などは、私たちにアラートが来るようになっていました」(渡邊氏)

 試合時などは、下部リーグにいくほど宿泊環境などが整っていないことが多く、コンディショニングもより重要になってくるという。

「メジャーリーグの場合は一流ホテルなどに宿泊できるのですが、下部リーグにいけばいくほど、ホテルに泊まれるのはかなり良い方で、バスの中で睡眠をとって次の日に試合、というケースも少なくありません。例えば、10時に試合が終わり11時に会場出て、10時間かけて帰り、通常の1日が始まる。そうなると、やはり試合前にぐったりと寝てしまう選手もいます。そうした選手のコンディショニングも、主観的な質問を入れるようにしてから変わりましたが、選手によってはかなり教育しないと難しい部分は多かったですね」(渡邊氏)