現在196の国と地域が国際柔道連盟に加入している。その中で、日本で生まれた「 柔道」と各国の格技・国技をルーツにオリジナリティを持った「JUDO」が作られ、いわば世界中の格闘技の“複合体”と戦う必要があるという。日本で始まった柔道は、すべての格闘技において通用する技術を持っているが、対戦相手も変化していくなか、相手の研究なくしては勝ち上がっていくことはできないと井上氏は述べた。

日本柔道界におけるデータの活用

 テクノロジーの進化はスポーツ界にも大きな影響を与えている。例えば、センサーやカメラ技術の進化によって、スポーツのパフォーマンスの「見える化」も可能になった。日本柔道界においても、データの分析や録画した映像の解析などテクノロジーを活用している。こういったデータやテクノロジーは、柔道界にどのような可能性をもたらすのだろうか。

井上康生氏
井上康生氏
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 井上氏は「これからは一層、組織力の向上が競技力・選手の能力向上につながると思っています。そして、環境を整えれば整えるほど、突き進む世界は広がります。データやテクノロジーの活用は、たしかに勝利へのパーセンテージを上げてくれるでしょう。しかし、見た目や機能のすごさだけにフォーカスしてはダメなんです。活用の仕方を間違ってしまったら何の意味もなくなります。目的を明確化して柔道には何が必要なのか、何が競技力向上につながるのかを考えることが大切」と話す。

 データの活用によって、今までは収集できなかった膨大かつ多角的な情報が集まってくる。収集された情報は、当然ながら選手たちも受け取り、把握しなければならない。そういった環境下において、選手たちに対してはどういった配慮をしているのだろうか。

 「まず、情報共有を必ず行います。分野ごとにスペシャリストの協力を得ながらやっているのですが、それがすべてバラバラになってしまっては意味がありません。目的を明確化させ、みんなが同じ情報を共有していかなければ、進む方向が変わってきてしまう。ミーティングにはスタッフから担当コーチなど関係する人を全員呼んで、話を共有した上で、まとまった内容を選手たちに伝えています」(井上氏)

 一方で、スペシャリストに対してはゴール設定を重要視している。「みんなが目指すゴールが同じでないと困ります。目的が変わってきてしまえば、それこそどこへ向かうのか、わからなくなってしまいます。さまざまな発想のもとで、各スペシャリストが持っている知識を存分に出してもらいたいと思っています。私は議題を出していくなかで、その方の考えを引き出しつつ、どうするべきか話し合いながらひとつの形にまとめています」(井上氏)。

 「世界一の選手たちを作っていくと言ったからには、我々が世界一の戦略家ではなければなりません。各分野において自分たちで覚悟と責任を持ち、組織を発展させるために全力を注いでいこうと話しています。」(井上氏)

サプライズプレイヤーにも迅速に対応

 柔道はワンデートーナメント方式。勝ち上がれば1日の間で何試合も行い、なかには予期せぬスタイルを持つ“サプライズプレイヤー”が現れる可能性もある。それに対して、どのような対策をしているのだろうか。

 「階級ごとに人数は異なりますが、5〜10人ほどの選手はしっかりと研究しています。それでも、その日1日だけでサプライズプレイヤーが出てくるかもしれないので、状況に応じて臨機応変に対応していかなければいけません。データだけに頼っていては、勝ち抜いていくことはできません。本質的に、どんな相手だろうが自分の形になれば勝てるという軸が必要です」(井上氏)

 「我々としては、まずその軸をつくる作業を行っています。それと共に、勝ち抜いていくのに必要な細部の技術を得る、有益な手段の一つとしてデータを活用しています。試合当日に現れたサプライズプレイヤーに対してもスペシャリストたちはいち早く察知し、その選手の1回戦からのデータをまとめてくれます。その上で対策ができますので、隙がない形を作れていると思います」(井上氏)

 データの解析・活用はコーチや監督といった指導者たちにとって、強力なサポーターとなりつつある。世界の強豪選手を相手にするには、より質が高く鮮度のよいデータが求められると言えるだろう。